『マブリ初期政治思想におけるノミナリスムとレアリスムの相剋』

Le conflit entre le nominalisme et le realisme dans la pensee politique de Mably

〜日本18世紀学会第27回全国大会報告の要旨〜

小サイト管理人・如月は、2005年6月11日、日本大学文理学部を会場に開催された日本18世紀学会第27回全国大会において、フランス政治思想に関する研究「マブリ初期政治思想におけるノミナリスムとレアリスムの相剋」を口頭発表いたしました。このページでは、当発表の要旨をご紹介させていただきます。なお、全国大会当日、会場で配布した発表原稿および参考資料は、まだ手元に残部がございますので、ご興味おもちの方、メールで管理人までご請求ください。

【発表全体の構成】
序 マブリとその著作
第1節 『精神論』弾圧事件
第2節 ジョン・ロックの思想とその受容
第3節 自然状態からの社会批判
第4節 『精神論』から『市民の権利・義務について』へ
第5節 市民の権利と義務
 1)社会の起源
 2)権利と時効
 3)マブリのユートピア
 4)改革のプログラムーー高等法院への期待、三部会の召集
結論 歴史学とマブリ

【報告の狙い】
マブリ(1709年-85年)の最初の政治的著作に『市民の権利・義務について』がある。この著作は、それまで歴史およびヨーロッパ公法について研究し執筆してきたマブリが、これらの研究によってえた知見を政治学の分野にはじめて応用したもので、1758年秋から60年にかけて執筆されたものと推定されている(刊行はマブリ没後の1789年)。私は、この著作のなかに、功利主義に傾いたノミナリスム的な認識論をレアリスム的な方向に乗り越えたうえで、その成果を法律学に適用しようとするマブリの試行錯誤がみられるのではないかと考えており、この点をめぐって小考してみたい。
『市民の権利・義務について』は、「私」とスタノップ卿というイギリスからの客人がパリ郊外のマルリで行った対談を、「私」がパリ在住の知人に8通の手紙で報告するという形式をもった著作であり、手紙の日付は1758年8月である。また対談そのものも、この手紙とほぼ同時に行われたという設定になっている。ここで注目すべきなのは、1758年8月という日付のもつ意味であるが、前月に有名なエルヴェシウス『精神論』弾圧事件が起こっており、『市民の権利・義務について』も、この事件となんらかのかかわりを有する著作ではないかと推測されるのである。
『市民の権利・義務について』の冒頭、マブリは、イギリス的な政治論を仮託したスタノップ卿に、「善悪の観念は社会の創設に先行した」と完全な自然状態からの無制限で自由な社会創設を否定し、自然状態においても原初的制限が存在するという、実弟コンディヤックの感覚論的な立場を採り入れた独自の社会起源論を語らせている。
またその先の議論で、法の根拠をつきつめていくとprescription(規定/時効)でしかないとする「私」に対し、スタノップ卿は沈黙で応えるが、この沈黙のなかに、哲学的なノミナリスムとレアリスムの論争を法律学に適応したうえで、ノミナリスム的な法概念とは異なる法概念を模索するマブリの試行錯誤的な態度が伺える。
『市民の権利・義務について』は、一般的に分類すれば自然法的な考え方の枠のなかに位置づけられる著作であるが、そうした発想が生じてきた出発点に功利主義的な思想との対決があったことは、自然法思想のとらえ方にとっても示唆的ではないだろうか。

【Resume】
Mably a compose Des droits et des devoirs du citoyen en 1758-60 comme sa premiere oeuvre politique. Avant composer cette oeuvre, Mably a frequente chez Helvetius qui a ete influence par la philosophie de Condillac. Condillac, qui fut un frere de Mably, Helvetius et Mably sont des successeurs en France de la philosophie empirique de Locke. Ordinnairement, la pensee politique de Mably est analisee independamment de la philosophie metaphysique de Condillac et d'Helvetius. Mais, si on considere leurs relations sociales et leurs ruptures apres la publication de De l'esprit d'Helvetius en 1758, la pensee politiqur de Mably doit etre analisee en considerant leurs ralations dans le champ vaste de l'empirisme et du nominalisme.
De ce point de vue, la notion de la prescription chez Mably est remarquable. Il y a deux sens dans le mot "prescription". Ce sont "le moyen d'acquerir une chose par un laps de temps" et "l'ordre formule". Mably insiste que ce qui protege la possession n'est que la prescription parce que la possession est une sorte du prescrit. Il adapte cette doctrine dans la pensee politique et oppose le despotisme parce que la base des droits des despotes ne sont que la prescription. Ainsi, la doctrine sur la prescription de Mably peut etre anlisee comme l'adaptation du nominalisme au champ de la pensee politique.

【関連リンク集】
日本18世紀学会公式サイト
マブリの思想とその著作 (小サイト内)

【如月メール・アドレス】
[email protected]


 平成17年9月30日

 

お知らせ