院政期社会の言語構造を探る

絵巻物の時空表現
L'expression de l'espace et du temps dans les peintures en rouleau

3) 伴大納言絵巻
Bandainagon-emaki
 

 白河・鳥羽院政期成立と考えられる「源氏物語絵巻」に用いられたさまざまな技法は、続く後白河院政期の絵巻物のなかで、さらに自在に展開していく。
 この時代を代表する「伴大納言絵巻」は、小松茂美氏によれば、「年中行事絵巻」同様後白河院の求めに応じて、常磐源二光長(生没年不詳、註16)が描き、藤原教長が詞書を書いたものではないかという(小松茂美氏「日本絵巻聚稿」、中央公論社、1989年)。「伴大納言絵巻」が描かれた目的については、五味文彦氏が次のように、直接的には後白河院時代の検非違使の活動を描いたもの、さらには「当時の訴訟や裁判についても描いたもの」(五味文彦氏「絵巻で読む中世」、筑摩書房「ちくま新書」、1994年)と推定しており、それに従いたい。
話に一貫して登場してくるのが検非違使であり、この絵巻は院政時代におけるその活動をよく伝えている。なかでも最終の巻は、あたかも検非違使の巻といっても過言ではなく、善男が真犯人であることを喋った舎人を使庁に連れていって尋問し、最後には善男を追捕して連行する検非違使の姿を描いている。火事の警護から検断・追補という検非違使の主要な活動を絵巻にしたもの、という性格が多分にあったろう(五味文彦氏、前掲書)
 この絵巻の表現を先行する「源氏物語絵巻」と比較してみると、詞書が数カ所にまとめられ、画面の連続が重視されているのがまず目につく。

 またこの絵巻の中巻には、伴善男の犯行が露見するきっかけとなる場面で、絵巻物独自の「異時同図法」の技法の典型的な例として知られる「子供の喧嘩」が描かれている。次にその子供の喧嘩がどのように表現されているかみてみることにしよう(トレース図準備中)。
 右から左に順を追って絵巻をみていくと、まず人々の輪のなか、京の街中でふたりの子供が喧嘩をしている場面が現れる。そして絵巻を繰るとすぐ次にあらわれるそのわずか左側には、喧嘩をみてあわてて飛び出した、いっぽうの子供の父親である出収(しゅつのう;伴大納言の会計係)の姿がみられる。ところが、同じ場面のすぐ下には、ふたりの子供と出収の三人が再度描かれ、出収は喧嘩に割ってはいり、喧嘩の相手である舎人の子供を乱暴に蹴とばしている。そしてそのまた左上には、自分の子供の手を引いて家へ駆け込もうとする出収の妻と子供が描かれている。つまり実質同じ画面のなかに、出収の子供が3回、出収自身と舎人の子供が各2回ずつ描かれている。
 これは、この喧嘩が、めまぐるしく起こった一瞬のできごとであったということをリアルに写しだしていると同時に、絵巻をみるものの視覚と手の動きをいったん停止させてこの場面の人物に注目させる効果をもっている。そして出収と舎人の対立は、すぐ次に、舎人による伴大納言の犯行の暴露へと直接つながっていくのである。

 またこの絵巻では、上巻の応天門出火直後の場面で、後ろ向きに立つ貴族と天皇寝所の広庇にいる貴族がなぞの人物とされ、その行っている行為も不明とされてきたのであるが、五味文彦氏は、広庇にいる貴族は伴善男であるとし、絵師が広庇のできごとと寝所内のできごとを異時同図法を用いて対比的に表現したとすることでよく理解できるとする。
これまでこの部分の解釈は、広庇にいる貴族は中の様子を窺って聞き耳をたてて密かに聞いているとか、あるいは帝に訴えを取り次いでいる、と理解してきたが、そうではなくて訴えの在り方を象徴的に表現している図と見るべきなのである。内容を広庇から洩れ聞くという設定や、蔵人が訴えを取り次ぐという設定であったならば、中の声が聞こえるような表現がなされてしかるべきであろう。そこに描かれている隔離の状態は天皇と善男の距離の遠さを示している。善男が公を通じて訴えたという訴訟が(天皇の外祖父・藤原良房の天皇寝所内での)直訴に対比されて象徴的に描かれているのである(五味文彦氏、前掲書)
 ちなみに五味氏によれば、
広庇にいる人物が善男とすれば、その前に描かれている背を向けて立つ貴族も善男であろう。絵巻を見る人は、背を向けて立つ人物が火事を眺める場面を見た後、その人物が広庇で天皇に訴えている場面を見て、さらに別の貴族が天皇に直訴する場面を見ることになる(五味文彦氏、前掲書)
という(別註1)。

 「源氏物語絵巻」が、時間の流れを一つひとつの場面ごとに中断し、詞書によって場面と場面を繋いでいるのに対し、「伴大納言絵巻」では、時間や空間の連続性が重視されていると同時に、ときにはそうした時間の流れがだいたんに重ね合わされ、物語が効果的にすめられている(註17)。

(以下、「信貴山縁起絵巻」に続く)

 平成15年2月24日

  

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