鎌倉遺文研究第8号

鎌倉時代の古文書を網羅し編年式に集成した中世史研究の根本資料「鎌倉遺文」(竹内理三編、東京堂出版)を対象とし多角的な研究を行なう鎌倉遺文研究会編集の研究誌「鎌倉遺文研究」第8号が刊行されました。内容は下記のとおりです。同誌は吉川弘文館から発売されておりますので、ご興味のある方は、書店をとおし吉川弘文館からおもとめください。(A5版96ページ/本体価格¥1,900+消費税)

【内容】
後醍醐天皇親政への一考察――綸旨・院宣の分析を通じて (本郷和人)
関東御教書の様式について(高橋一樹)
「守護所」にみる鎌倉幕府の守護(秋山哲雄)
六波羅施行状について(熊谷隆之)
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「鎌倉遺文」所収「東寺文書白河本」の校訂(8)――早大院中世史ゼミ
「鎌倉遺文」未収録「東寺百合文書」(8)――早大院中世史ゼミ

【編集後記から】
本号には、四人の気鋭から原稿をいただくことができた。
本郷和人氏の「後醍醐天皇親政への一考察」では、まず、後醍醐天皇を皇位に据えた後宇多上皇の院政が有能な実務官僚(=伝奏層)に担われていたことを指摘する。ところが、後醍醐天皇の親政期に入ると、これらの伝奏層には積極的な協力姿勢が見られなくなることを指摘する。それ故、自己の近臣団を新しく育成せねばならず、これが人材の積極的登用と従来評価されてきたものの実態であることを示した。 高橋一樹氏の「関東御教書の様式について」は、北条義時執権期以降の関東御教書について特に公家側に宛てられるものの書止文言等に注目して分析したものである。藤原頼経の将軍在位中に「○○殿御消息所候也」の文言が書止に使用されたのも、まずは宛所との身分的関係や摂関家(九条家)を実家とする頼経の公家社会での地位を踏まえ、一緒に機能する殿下御教書・関東申次の御教書・院宣の様式とのつりあいを勘案した結果であることを指摘している。 秋山哲雄氏の「「守護所」にみる鎌倉幕府の守護」は、「鎌倉遺文」収載史料から「守護所」を網羅的に検出して分析したものである。端的に機構・人格・建物で分類し、東国・西国での相違を考察した上で、モンゴル軍襲来の「守護所」への影響を考える。「鎌倉遺文」全体を活用して史料的な考察を行う場合の特徴をよく示した論考といえよう。 熊谷隆之氏の「六波羅施行状について」は、関東発給文書を西国に伝達する機能を有する六波羅施行状を取り上げ、書札様と下文様に分類した後、後者をさらに「下知」型と「下文」型に分けて考察を行ったものである。六波羅施行状の文面における「下文」とは諸職・所領の安堵状や宛行状、「下知(状)」とは裁許状を含めた命令下達状のことを指すと指摘する。現代の研究者は文書の様式を手掛かりに当時の状況を復原する方法をとらざるを得ないが、同時代の人々にとっては行動決定に必要な個々の文書の機能に意識が向いたことを示しているのであろう。 (「編集後記から」の文章は海老澤衷氏の文章の如月による抜粋です。)



院政期社会の言語構造を探る