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天台・浄土・禅ーー九条家をめぐる仏教諸派 註
註1)
「『大日経』を生み出す素材」(松長有慶氏「密教の経典」講座密教1『密教の理論と実践』所収、春秋社、1978年)となった『蘇悉地経』に基づく息災・増益・降伏の作法に相応する真言とその持誦法・成就法。台密ではこれによって金胎の両部が不二となる。
註2)
隋の天台智(538年−597年)の『妙法蓮華経玄義』を構成する法華経の経義解明のための組織。釈名・顕体・明宗・明用・判経の「五重」からなる。これによって、智は、法華経の思想教義、教理的本質、宗教的意義、社会的効用、対社会的諸相を明らかにした。
なお、法華経全般ならびに法華思想史における智の位置づけについてさらに興味のある方は、小サイト「ノマドロジー」コーナー内の松山俊太郎氏「蓮と法華経ーーその精神と形成史を語る」の読解をご参照いただきたい。
註3)
『摧邪輪』執筆前か後か、日付に問題はあるのだが、明恵は法然が登場し、ともに仏事を行なう夢をみており、このことは「明恵と法然との関係の良さを示す」(河合隼雄氏『明恵 夢を生きる』、京都松柏社、1987年)と考えられる。
註4)
「鎌倉時代宗教界の革新について見逃すべからざるものは、宋文化の影響である。遣唐使停止以後、日支交通は表面に於ては杜絶した。然しながら彼国の商船は、屡々我国に来航して貿易を営み、その帰るに当つて、我僧侶の之に便乗して彼国に到るものは少なくなかつた。」(辻善之助氏『日本仏教史』第二巻中世篇之一、岩波書店、1947年)
註5)
良経が詠んだ五波羅密歌の内容と配列は、檀(布施)、シ羅(戒)、セン(忍辱)、毘梨耶(精進)、禅となっており、五波羅密の通常の配列といえる。六波羅蜜という場合には、この上に般若(智慧)波羅蜜がおかれる。
ちなみに「治承題百首」は慈円も同時に詠んで良経と競作しているが、慈円が選んだ釈教の題は「仏、蓮花、宝、金剛、羯磨」であり、禅との直接的連関はない。
なお、慈円は百首歌の後に次のように歌でこの企画への感想を記しており、俊成がそれに返歌している。
密の矢を高間の弓に差しはけて顕密の的に引き外しつる 慈円
尚たのむ高間の弓を放ちける手もとに響く密の箭の音 俊成
註6)
「鎌倉新仏教」のなかでの禅宗の否定的位置付けとしては、たとえば次のようなものがあげられる。
鎌倉仏教の活気に満ちた諸現象のなかで、民間的仏教世界の向上を反映しつゝ、天台宗から換骨奪胎していつた浄土教及び法華系の諸師の活動こそ、一次的・根源的なものであつて、これに比すれば禅宗は古代来の外国文化摂取の一様態であり、南都仏教の復活は新興諸派へのリアクションに他ならないと考えられる(井上光貞氏『新訂日本浄土教成立史の研究』、山川出版社、1975年)

九条家をめぐる仏教諸派 本文
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