クレンペラーのベルリン時代の演奏活動
| オットー・クレンペラー(1885年〜 1973年)は、1926年にベルリン共和国広場に建つ第二のプロイセン州立歌劇場の音楽総監督に就任し、従来のオペラハウスの伝統を打ち破る斬新な演奏・演出と新レパートリーの開拓で、またたく間に同歌劇場をヨーロッパでも最も注目される劇場とした。またオペラだけでなく歌劇場で開催されるコンサートも評判を呼んだ。同歌劇場はその前身にちなみ通常クロール歌劇場(クロール・オーパー)と呼ばれる。しかし、この活動時期が1929年10月の世界大恐慌と重なり、またこの間、ドイツ国内で反動的な右翼勢力の活動が強まったため、州議会の意向でクロール歌劇場は4年で閉鎖されることとなった。クロール歌劇場閉鎖後、クレンペラーはベルリン市内のもう一つの州立歌劇場であるリンデン歌劇場(リンデン・オーパー)を拠点にオペラとコンサート活動を行ったが、1933年、ナチスの政権獲得とともにベルリンを去った。クレンペラーのベルリン時代、なかでもクロール歌劇場での活動は、短いながらも20世紀の演奏史・音楽受容史を飾るものとして、重要視されている。またクレンペラーが指揮したワーグナーの歌劇の演出は、戦後のバイロイト歌劇場でのワーグナー演出を先取りするものとして評価が高まっている。 なお日本では、クロール歌劇場とリンデン歌劇場の二つのStaatsoperを「国立歌劇場」とする訳もあるが、この時期は、第一次世界大戦終結時までの宮廷歌劇場をプロイセン州政府が引き継いて運営しており、少なくともワイマール共和国時代のStaatsoperは、「州立歌劇場」と訳すのが適当と思われる。ちなみに当時のベルリンには、西郊にもう一つベルリン市立歌劇場(シャルロッテンブルク・オーパー)があった。 クレンペラーのクロール歌劇場音楽監督在任当時、リンデン歌劇場はエーリッヒ・クライバーが、市立歌劇場はブルーノ・ワルターが音楽監督を務め、他にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団はフルトヴェングラーが首席指揮者を務めており、ベルリン楽壇は黄金時代を迎えていた。 |
| 1924.4 | ハイドン モーツァルト ベートーヴェン |
交響曲第95番 交響曲第41番 交響曲第7番 |
ベルリン・フィルの演奏会に客演 |
| 1927.11 | ベートーヴェン | フィデリオ | |
| 1927.12 | ベートーヴェン | 交響曲第6番「田園」 交響曲第7番 |
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| 1928.01 | モーツァルト | ドン・ジョヴァンニ | |
| 1928.01 | ブラームス | 交響曲第1番 | |
| 1928.02 | ストラヴィンスキー | オイディプス王 マヴラ ペトルーシュカ |
すべてベルリン初演 |
| 1928.03 | シューベルト | 交響曲第9番 | |
| 1928.05 | ヒンデミット | 吹奏楽のための協奏音楽 | ベルリン初演 |
| 1928.06 | ヒンデミット | カルディラック | ベルリン初演 |
| 1928.10 | ストラヴィンスキー | 兵士の物語 | |
| 1928.11 | クシェネク ストラヴィンスキー |
小交響曲 ミューズをつかさどるアポロ |
世界初演 ベルリン初演 |
| 1928.12 | クシェネク | 独裁者 秘密の王国 重き点、または国家の名誉 |
すべてベルリン初演 |
| 1928.12 | ハウアー | シンフォニエッタ | 世界初演 |
| 1929.01 | ワーグナー | さまよえるオランダ人 | 第一稿による演奏 |
| 1929.02 | バッハ ヴァイル ヴァイル/ヒンデミット ヴァイル/ヒンデミット ヒンデミット ヒンデミット |
ブランデンブルク協奏曲第6番 小さな三文音楽 リンドバーグの飛行 教育劇 チェロ協奏曲 ヴァイオリン協奏曲 |
チェンバロ:クレンペラー (世界初演) (ベルリン初演) チェロ:フォイアマン(ベルリン初演) (ベルリン初演) |
| 1929.02 | オッフェンバック | ホフマン物語 | (初日の指揮はツェムリンスキー) |
| 1929.04 | バッハ | ブランデンブルク協奏曲第4番 | |
| 1929.06 | ヒンデミット | 今日のニュース | 世界初演 |
| 1929.06 | ストラヴィンスキー | ミューズをつかさどるアポロ ピアノと管楽器の協奏曲 結婚 |
ピアノ:ストラヴィンスキー (ピアニストの一人としてG・セルが参加) |
| 1929.10 | エルトマン | ピアノ協奏曲 | ピアノ:エルトマン |
| 1929.11 | モーツァルト | 魔笛 | |
| 1929.11 | バッハ | ブランデンブルク協奏曲第1番 | |
| 1929.12 | ヴァイル ヴァイル ストラヴィンスキー |
教育劇 リンドバーグの飛行 結婚 |
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| 1930.01 | ストラヴィンスキー | カプリッチョ 「妖精の口づけ」からの組曲 |
ピアノ:ストラヴィンスキー |
| 1930.03 | クシェネク | オレストの生涯 | ベルリン初演 美術:ジョルジョ・デ・キリコ |
| 1930.06 | シェーンベルク | 幸福な手 | |
| 1930.06 | ハウアー | 変化 | |
| 1930.06 | マーラー | 交響曲第2番「復活」 | |
| 1930. | シェーンベルク | 映画の一場面への伴奏音楽 | 世界初演 |
| 1930.11 | シェーンベルク | バッハの前奏曲とフーガのためのオーケストレーション | |
| 1930.11 | ストラヴィンスキー | 兵士の物語 | |
| 1930.11 | ヒンデミット | ヴィオラと大室内管弦楽のための協奏音楽 | ヴィオラ:ヒンデミット |
| 1930.11 | ヴァイル | 小さな三文音楽 | |
| 1930.12? | ヒンデミット | 行きと帰り | ベルリン初演 |
| 1931.01 | モーツァルト | フィガロの結婚 | |
| 1931.02 | プッチーニ | 蝶々夫人 | (初日の指揮はツェムリンスキー) |
| 1931.04 | ハウアー ウェーベルン トッホ |
「サランボ」からの2場面 交響曲Op.21 チェロと小管弦楽のための協奏曲 |
チェロ:フォイアマン |
| 1931.04 | ヴェルディ | ファルスタッフ | |
| 1931.04 | ヒンデミット ベートーヴェン |
ピアノ、金管と2台のハープのための協奏音楽 交響曲第9番 |
ピアノ:ギーゼキング(ベルリン初演) |
| 1931.12 | モーツァルト | コシ・ファン・トゥッテ | リンデン歌劇場 |
| 1932.01 | ハイドン モーツァルト ブラームス |
交響曲第95番 交響曲第41番 交響曲第4番 |
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| 1932.02 | モーツァルト | フィガロの結婚 | リンデン歌劇場 |
| 1932.03 | バッハ | マタイ受難曲 | |
| 1932.04 | ベートーヴェン | 交響曲第9番 | |
| 1932.04 | ヴェルディ | ファルスタッフ | リンデン歌劇場 |
| 1932.10 | ベートーヴェン ブルックナー |
大フーガ 交響曲第5番 |
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| 1932.12 | R・シュトラウス ヒンデミット モーツァルト |
英雄の生涯 弦楽合奏と金管楽器のための協奏音楽 ピアノ協奏曲第21番 |
ピアノ:ギーゼキング |
| 1933.01 | ブゾーニ ブゾーニ ヤナーチェク |
ヴァイオリン協奏曲 母の棺に寄せる男の子守歌 シンフォニエッタ |
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| 1933.02 | ワーグナー | タンホイザー | ドレスデン版 |
| ※当公演記録は、Peter Heyworth 『Otto Klemperer, his life and times. Vol. 1 1885-1933』(Cambridge University Press, 1983)をベースに、菅原透氏『ベルリン三大歌劇場』(アルファベータ、2005年)を参照して作成しました。 |