2004年1月 パリ滞在記:その4  

1月20日(火)
 朝になっても四谷シモンは起き出してこない。部屋を訪問すると、今日は疲れてとても起きれないから夕方まで横になっていたいという。このため急遽、荒木さんと私は夕方まで自由行動と決定する。とはいえ、四谷シモンをこのままにしてはおけない。まずはホテルの前のスーパー、シャンピオンで若干の食品や飲み物を調達してくる。
 ついでにいっておくと、このスーパーは食品だけでなくいろいろな雑貨も販売しておりとても便利なのだが、日本のスーパーで普通に売っているのに全然おいてないものもいくつかある。たとえばドレッシング。サラダ用のオイルと酢は何種類も売っているが、できあいのドレッシングを発見することはついにできなかった。オイルと酢で、各自、自分でどうぞということなのだろう。雑貨では写真のフィルムがおいてない。パリにはフィルムとDPEの店(つまりは写真屋)は非常に少ない。私は結局、足りなくなったフィルムをモンマルトルのみやげもの店で買ったが、非常に高く、質もあまりよくない。というか、フィルムの質についての関心はほとんどないようだ。したがって街角にDPE店が少ないのも当然のことなのだろう。
 自由行動といっても、今日の夕方は公式レセプションがあるので、まずはその準備をすることにする。どういう人がどれだけくるかわからないので、誰がきても対応できるよう、ともかく四谷シモンを紹介する資料ファイルをつくっておこうと思い立ったのだ(これくらい日本で準備しておけばなんということもなかったのだけれど、いちおう、パリでフランス人の反応をみてからつくろうと考え、余分なコピーはもってこなかった)。ということでまずは文房具店を探す。これはサンジェルマン大通りですぐに見つかり、品揃え、買い方ともにさほど難しくはない。次にコピーだが、パリにはコンビニがなく、どうしたらいいか少し判断にまよう。ただサンジェルマン地区はソルボンヌに近いので、大学方面に行けばなんとかなるのではとあたりをつける。通りを歩くことしばし、コピー専門店がみつかった。おもしろいことにパリではコピー専門店がビジネスとしてちゃんとなりたっている。意をけっして店にはいるが、この店の料金支払いシステムがよくわからない。これこれの資料をコピーしたいのだが旅行者なのでよくわからないというと、店員が説明してくれる。要は、店内に日本のコンビニ等のコピー機同様の仕組みのセルフ・コピー機が数台おいてあるのだが、そのカウンターはレジに設置されており、コピーが終わったらレジで精算するというシステムだったのだ。
 文具とコピーが一式そろったところで、ついでに日本に絵はがきを出すことにし、今度は郵便局を探す。郵便局は窓口に受付兼相談係がいて、日本に絵はがきを出したいというと、料金は0.9ユーロだから目の前の自販機で証紙を購入するようにと親切に教えてくれる。なんだ簡単じゃん、と思ったのはつかの間。自販機はお札を受け付けず、ざっと見わたしたところ両替機らしいものは郵便局のどこにもない。こんちくしょう、と思いながらすごすご退散する。
 いったんホテルに戻り資料を整理。時間はまだ十分あるので、街をぶらぶらし、それからルーヴルを再訪することにして出発。とりたてて予定があるわけではなく、まずオペラ座からマドレーヌ広場までカプシーヌ大通りをウィンドー・ショッピングする。16日に大月さんの車で来たオールド・イングランドもこの通りに発見(その向かいはなんと三越!)。歩いているうちに少しお腹がすいてきたが、レストランは12時までどこもあかない。ヴァンドーム広場をうろうろし、サントノーレ通りに戻ったところでちょうど12時になったので、たまたま見つけたレストラン(残念ながら名前は失念)に入ることにする。今回パリではじめての本格的フランス料理だ!
 レストランはサントノーレ通りに面した建物の3階にあり、絨毯がしかれた重厚な階段を静かにあがる。ちょっと気後れするような感じだがまあいいや。思い切って入り口の扉を押す。うやうやしくボーイさんが登場、席をすすめてくれる。ランチのコースは、料理2皿とデザートに食後の飲み物のセットで29ユーロ。それぞれ5品程度から好きなものを選択できるようになっている。ただし料理についての細かい点をメニューから読みとるのは、私の読解能力では不可能。なんとなく魚だとか肉だとかという程度の判断で選ぶ。出てきたのは、1皿目は野菜と魚の細片が軽いカレー風味の煮込みのようになったもの。2皿目(メイン)はスライスした蒸し鶏に焼きリンゴをそえたもの。どちらもおいしかったが、日本で肉の付け合わせに焼きリンゴをつかった料理は食べたことがなく、新鮮な食感。デザートはチョコレート嫌いの私があえてオレンジ添えのチョコレートにしたが、これがまたとてもおいしい。やはり組み合わせが新鮮なのだ。これだったらデザートだけでもいけるだろう。食事中の飲み物(別料金)は、昼だったので軽くシャンパンを選び、一人で満悦。ここのランチは質を考えれば安いと思う。量が多すぎないのもよい。ただ不思議なことに1時間程度の食事のあいだ、私以外の客はまったくはいってこない。静かでとてもよかったともいえるのだが、さすがにちょっと不気味。いったいどうなっているんだろう?私がこうしてフランス料理を堪能しているあいだ、荒木さんはサントノーレ通りからすぐ目と鼻の先のコンコルド広場にいてにわか雨に降られたのだそうだが、レストランのなかではそんなことは少しも感じなかった。
 お腹もいっぱいになったし、いよいよルーヴル。ところが行ってみると火曜日は美術館の定休日でルーヴルは休み。あわててガイド・ブックをみると、他の美術館も原則休みで(アル・サン・ピエール美術館は年中無休)、他にまわるところが急には思い浮かばない。ルーヴルの地下のショップを少し見回っておみやげを探し、ホテルに戻ることにする。
 帰りの地下鉄では2つのことを発見。まず切符の自動販売機に挑戦したが、この扱い方が難しい。いちおう、ああせよ、こうせよと書いてあるのだが、その指示が具体的になにを指すかこちらはさっぱりわからず、闇雲にボタンを押す。苦闘することしばし、ようやく券売機の中央の金属ローラー(私はこれを一生懸命押していた)はマウスのような機能をもっており、これをぐるぐる回して購入目的(1回券、回数券等)を選択するのだと判明。これがわかるとあとはスムーズにいった。その2は「押す」という動詞。フランスの地下鉄の車両は、出口のドアがハンドル式になっていて自分であけるものが大半で、若干が自動ドア。ホテルに戻る途中の地下鉄はそれが押しボタン式になっていたのだが、そのボタンにはappuyezとある。それまで単純に、「押す」=pousserだと思っていた私は、手で押すのと指で押すので、フランス語は動詞を使い分けるのだと発見。言葉の違いとは、ものの区切り方の違いだということを身近な例であらためて納得した。
 動き回っているあいだに小銭が大量にできたので、帰りは郵便局の自販機もスムーズに作動。
 ホテルに戻る前にサンジェルマン大通りのポーランド関係書専門店リブレリー・ポロネーズ(Librairie Polonaise, Tel=01-43-26-04-42)に立ち寄る。18世紀、マブリとルソーはそれぞれポーランドの国政改革案を作成しており、この辺の事情について書いたポーランド側の資料が入手できないかと、この書店はパリに着いたときから気になっていたのだ。隣接するドイツを敵視するフランスとポーランドは、18世紀にとどまらず歴史的に友好関係が強い。小さな店だが店員さんはとても親切で、日本で18世紀のポーランド事情を調べているというと親身になって関係する本を探してくれる。ただテーマが限定されているだけに関係書の在庫は少なく、すぐに出てきたのはフランス王ルイ15世の王妃マリー・レクザンスカ(マリア・レシチンスカ)の父で名目上のポーランド王だったスタニスワフ1世のフランス語による伝記が2冊。それでも日本ではなかなか買えないので貴重だ。とりあえずその2冊を購入し、ワルシャワで出ている必要な本が見つかったら東京から注文するので取り次いで欲しいと依頼して店を出る。ちなみにここで購入したのは「スタニスワフ王」Le Roi Stanislas (Anne Muratori-Philip/Fayard,2000)と「スタニスワフ1世、風変わりな王」Stanislas 1er, un roi fantasque (Lydia Scher-Zembitska/CNRS Editions,1999)の2冊。しめて38ユーロ。
 ホテルに戻ると夕方までまだ時間があるので、午前中につくった四谷シモンのファイルにコピーを追加することにし、またコピー店へ。通りにでると、朝入った店よりも近くに別のコピー店があったので、今度はこちらを利用。写真をコピーしたいというと、通常がいいかラゼールがいいかと訊いてきて、これがまたわからない。それはどう違うかとの訊きかえすと、写真ならばラゼールの方が良質だというのでとりあえずラゼールにしてもらう。仕上がったコピーをみると、ラゼールというのはレイザー・コピー(laser copy)。なあんだ、そうだったのか。ともかくコピー終了。ファイルを整理して大月さんの到着を待つ。大月さん、カンヌ映画祭の監督週間のポスターの注文が入り、それにメドをつけてからホテルまでみんなを迎えに来てくれるという。すごいバイタリティーだ。
 アル・サン・ピエール美術館に着くと、レセプションは大にぎわい。エコール・ド・シモンのかつての生徒でフランス在住の福岡さん、西原さんらもすでに応援にかけつけている。体調不良のうえにもともと人見知りする四谷シモンは、これ幸いと福岡さん、西原さんらといっしょに会場の隅に陣取り、少しも動こうとしない。
 フランス人が四谷シモンの人形をどんなふうにみているか気になって2階にあがると、作品の前は当然のことながら、この人形をつくったのはどんな人だろうとみんな一生懸命プロフィールを読んでおり、四谷シモンのプロフィールの前にちょっとした人垣ができている。まずは成功だ!
 余裕があるので今日はその他の作品もみてまわる。すると大島和代さんの作品(小さな胡桃の殻の中にさまざまな表情をした無彩色の無数の赤ちゃんが寝ている)と四谷シモンの作品から受ける印象がとても似ていることに気づく。二人の作品は、昨年、東京の国立近代美術館の展覧会でも同時にみており、その時はさほど似ていると思わなかったのだが、強烈な欧米の作品にまじってポンとおかれると、どちらも自己主張が少なく控えめで、その分技術的な完全さを求めるという、とても似たテンションをもっているのだ。つまり、ヨーロッパの作品は作品の外(exterieur)に向かう志向が強く、文字通りex-pression(外に向かって刻印する=表現)を実践している感じだとすると、大島さんと四谷シモンの作品は内(interieur)向きで、まずはつくり手のim-pression(内部への刻印=印象)のなかでたたずんでいるとしかいいようがない。個性のあり方、その表出の仕方が、日本の二人と欧米の作家では完全に逆向きなのだ。日本ではとても個性的とかバタくさいといわれることが多い四谷シモンの人形だが、実際に欧米の作品と並べてみて、実はとても日本的な心性のなかで創作していたのだということは、今回、四谷シモンも強く感じたようだ。
 こうした点を含め、多彩な作風の人形を集めた今回の展覧会は、非常にうまくいったと思う。お客さんは次々とおしかけ、会場はまるでラッシュ・アワーのような混雑だが、みんななかなか帰ろうとしない。しかし四谷シモンの調子が今いちなので、われわれは少し早めに退散することにする。
 夕食は昨日と同じ焼鳥屋(このワン・パターンも四谷シモンの真骨頂!)。今日はまだ眠くないので、私もいろいろ注文に参加する。チーズを豚のロース肉で巻いたパリならではの串焼きがあったので、すかさずそれを注文したのはいうまでもない。食べているうちに四谷シモンも元気を回復したようで、大月さんに送ってもらってホテルに戻る。



2004年1月 パリ滞在記:その1 (1月15日&16日)

2004年1月 パリ滞在記:その2 (1月17日)

2004年1月 パリ滞在記:その3 (1月18日&19日)


2004年1月 パリ滞在記:その5 (1月21日&22日)

2004年1月 パリ滞在記:その6 (1月23日&24日)

アル・サン・ピエール美術館の人形展(「四谷シモンーー人形愛」サイト内)

徘徊録 La Nomadologie