2004年1月 パリ滞在記:その5  

1月21日(水)
 前夜、公式レセプションが無事に終わってほっとしたわれわれだが、今日は東京に仕事を残してきた荒木さんが一足先に帰る日だ。といっても、みんな特別の予定はなにもなし。大月さんが作品制作を開始したので、なるべくそれを邪魔しないよう、この日は原則われわれだけで動くことにする。
 めいめい朝食を済ませ、とりあえずアル・サン・ピエール美術館へ。昨日は大勢の人のなかでなにもできなかったが、ともかくカタログを購入し、それを東京に発送するという作業を済ませなくてはならない。地下鉄のオデオン駅からバルベス・ロシュシュアールに向かう。オデオン駅の構内に入ると、「パリつれづれ(Paris Loisir)」という催し物案内のコーナーにさっそく人形展のポスターがはってある。一同「おっ!」と気をよくする。地下鉄に乗りながら目をこらしていると、「パリつれづれ」のコーナーはほとんどすべての駅にあり、それにすべて人形展のポスターが貼ってある。ポスターは2種類あるが、だいたい一駅ごとに四谷シモンの人形をつかったポスターが出てくる感じだ。
 バルベス・ロシュシュアール駅から美術館に向かう道の途中でこのあいだ見かけた素材屋に入り、蝶の飾りを買う。店内に入るとウィンドーで見ていた以上にカラフルな蝶がたくさんあり、四谷シモンがあれだこれだとたくさん選びはじめる。荒木さんと私は、そんなにいっぺんにに言っても店員が覚えられないよと心配するが、彼女、特にメモしているわけでもないのに言ったとおりの蝶をまちがいなくとりだすのには関心。「数がないので飾ってないがこれもどうか、安くしとくから」と、在庫処分までする余裕ぶりだ。すぐそばのアル・サン・ピエール美術館で人形を展示してるのでぜひ見て欲しいと言い残して店を出る。

美術館入り口のポスターとシモン
 アル・サン・ピエール美術館に着くと、驚いたことにまだ展示の手なおしをしており、お客さんはいれていない。19日にオープンというポスターが街中に貼られ出しているのに、みんなとてものんびりしていて、あわてている気配は少しも感じられない。こうなるともう、どうなってるのかと問いただすとか抗議するというより、知らんぷりしているしかない。ともかく日本の関係者への配布用にカタログを購入、あわせてポスターを少しもらう。事前に、ラテン系だからどうせカタログは全部バラバラのまま手わたされ、自分達でちゃんと梱包しなくてはならないだろうと予想していたわれわれは、カタログを丁寧に梱包してくれたことにかえって不意打ちをくらって、拍子抜け。
 美術館の近くで少し買い物をすることにし、いったん外出。まずサクレ・クール寺院にのぼるケーブル・カーの発着所前の雑貨屋に入る。ここは役に立たないような変な雑貨がいろいろおいてあり、ちらっと前をとおったときにみんな気になっていた店だ。どんな雑貨がおいてあるかというと、たとえば隣のテーブルの食べ物がとれるよう伸び縮みするフォーク、動物の顔の形をしていて口のところからお金を出し入れする財布など。
 この店のショー・ウィンドーで胴体にかわった模様がある猫のぬいぐるみを見つけた荒木さんは、これはひき逃げされてひらべったくなった猫(模様に見えたのはタイヤの跡)だとおもしろがって、おみやげ用に購入。そのあとタバコ屋に入り、テレフォン・カード、絵はがきなどを購入。テレフォン・カードは街で大月さんと連絡をとるための必需品(フランスの公衆電話はすべてテレフォン・カード式で、コインではかけられない)。絵はがきはランボーが住んでいたアパルトマン(10, rue de Buci)を写したもの。ちなみにこのアパルトマン、東京に戻ってから住所をよく見てみたらわれわれが泊まっていたホテルからすぐ目と鼻の先で、毎日のようにその下をとおっていたことが判明。パリにいたときは全然気づかずに素通りしていた。こういうのをほんとに後の祭りというのだろう。ともかくすぐに美術館に戻り、タクシーを読んでもらってルーヴルに近いピラミッド通りのヤマト運輸パリ支店に向かう。
 目ざすヤマト運輸の看板はすぐに見つかり、「あ、ここだ」とタクシーをとめてもらう。ところがちょっと覗くと店のなかはもぬけの殻。どうやらヤマト運輸は移転してしまったらしい。しかたがないのでカタログは郵便局から発送することとし、急遽タクシーの行き先をホテルに変更。しかしピラミッド通りに来るまで仲間と携帯で連絡をとりあい、ランチの予定を決めていた気配のある運転手は、「話が違う、一方通行で遠回りになるのでホテルには行きたくない」と憮然とする。ここで降ろされてもしかたがないので、なだめすかしてなんとか発進。ところが動き出すやいなや、今度は日本通運の看板が見つかる。これだ、ここでもいいと、あわててまたタクシーを止める。いやいや発進したところをすぐにまた止められて、なにがなんだかわからない状態の運転手。こうなると私にはもう説明ができない。混乱状態でタクシーを降りかけたところへ、スーパーマンのように大月さん登場!
 これにはみんなえっと驚いたが、タクシーが止まった場所が道のまんなかなので、ゆっくり驚いているひまはない。大月さんに誘導されてヤマト運輸の新しい事務所にカタログを運び込む。いったんヤマト運輸のなかに入ればもう安心。「プチプチをくれ」とかなんとか日本語で説明しいながら、用意された大きな箱にカタログを詰め込み、別送品扱いで日本に送る。あとからきいたら、美術館を出るときに大月さんの留守電にメッセージをいれておいたので、こんなことだろうと待ち伏せしていたとのこと。しかしほんとうに助かった。
 ともかく昼食。ピラミッド通りから目と鼻の先にある日本人街の國虎屋に讃岐うどんを食べに行く。カタログの発送が終わったので午後は完全にフリーだが、パリへ来てからほとんど買い物をしていないわれわれは、もう一度オールド・イングランドに行ってみようということになる。オールド・イングランドならば日本人街からも近い。この店で四谷シモンは大月さんにパジャマをプレゼント。その間私はセーターを物色。最初に来たときよりも商品が少し追加されており、特売コーナーで若草色のセーターをみつけて購入。カシミヤ製ではないが、素材感も色もとてもいい。だいいち60%引きで安い。今回も自分用のものがなにも見つからなかった四谷シモンだが、気さくな店員にあなたはアーチストじゃないですかといわれて気をよくする。
 カンヌのポスターの仕事を残して来た大月さんは、ここでいったん自宅に戻る。われわれはそのままヴァンドーム広場、サントノーレ通りと高級商店街をぶらぷら歩く。四谷シモンと荒木さんは、時計屋のショー・ウィンドーの前などで立ち止まっては、あのメカがどうのこうのと、けっこうウィンドー・ショッピングを楽しんでいる。フォブール・サントノーレでは、奥さんへのおみやげを探さなくてはならないという荒木さんに引っ張られてエルメスの店に。エルメスは、ふーむこういうところかと、ともかく話の種にさっと見てみただけという感じ。突然飛び込んでも買いたいものがなにも思いつかない。手ぶらでコンコルド広場に出るが、もう少しプラプラしていたいという二人と私は、ここでいったん解散。一人でまっすぐルーヴルへ向かう。
 ルーヴルの受付けは拍子抜けするほどすいていたが、チケット購入は券売機。これがまた扱いが難しい。ただし、すでに午後3時を回っているので割引が適用され、入場料が5ユーロで済むというのは、少し得した気分。まっすぐネーデルラント絵画のコーナーに回る。このコーナーは木曜日が展示休みで、前回パリに来たとき見ることができなかったのだ。
 量的に圧倒されるというほどではないが、ルーヴルのネーデルラント絵画は、さすがに一点一点の作品のレベルがとても高い。このコーナーは、それらをじっくり丹念に見せることに重点を置いた展示に思える。デューラー、クラナッハなど比較的古い時代の作品を見てまわってから壮大なルーベンス・ホールへ。ここは、アンリ4世の王妃マリー・ド・メディシスが描かせたルーベンスの巨大な連作絵画21枚が、発注当時をしのばせる堂々たる連作として展示してある。この展示は、個々の作品やルーベンスの技量を見せるというより、芸術のパトロンであった王侯と彼女が発注した作品の双方から、絵画芸術の黄金時代を具体的にしのばせるのが狙いだろう。要するに、作品とその背後の権力が同時に展示してある。またこのホールはアメリカ人の自然発生的な集合場所になっており、彼らが集団でわいわい騒ぎながら写真をとりあっている。ルーヴルに傑作といわれる所蔵品は多いが、個々の作品ではなく、このホールのもつ雰囲気そのものがヨーロッパの伝統を濃厚に感じさせ、アメリカ人を魅了してやまないのだと思う。
 ここからもう一度メインの展示回廊へ戻り、次はレンブラントのコレクションをめざす。事前にホイジンガの「レンブラントの世紀」を読んでいたせいもあり、具体的に見るレンブラント周辺の画家の作品のモノとの対峙のしかたには、なるほどと思うことが多い。しばらく歩いてレンブラント作品を10枚ほど集めたコーナーにたどりつき、ぽっかりと闇のなかに浮かんでいるような作品をじっくり見る。こうして見ていると、時間が止まっているような感じだ。
 このコーナーを過ぎるとあとは出口へ向かうばかりだが、まだフェルメールを見ていない。それがどこかとレンプラント以降の作品を足早に通り過ぎているとき、さりげない展示で、そのさりげなさゆえに目をひく作品が2点ある。あったフェルメールだ。ルーヴルのフェルメールはどちらも小品なのに、その2点だけで十分世界を構成している。不思議な力だ。幸いフェルメール作品の前には人垣もなし。近づいたり、少し距離をおいたり、思う存分フェルメールを堪能する。フェルメール作品を過ぎればコーナーの終わりは近し。もう一度ルーベンス・ホールをざっと見て、ネーデルラント絵画の展示をあとにする。
 この日みたすべてのネーデルラント絵画のなかで、個人的には、ホルパインのエラスムス像にもっとも感銘をうけた。これはエラスムスの作品に必ず登場する有名な肖像画だが、静かにこの作品と対峙しているうちに、ホルパインの存在を忘れてエラスムスその人と向き合っているような気がしてきた。すばらしい肖像画だと思う。
 ネーデルラント絵画を見てまわること1時間強。まだ時間に余裕があるので、同じ建物の半地階のフランス彫刻のコーナーに向かう。このコーナーには「マルリーの中庭」と呼ばれる一画があり、マルリー庭園から移設した彫刻群が展示してある。これらを庭に戻して往事の状態のまま見れないのはほんとに残念だが、この巨大な彫刻を先日見たばかりのマルリー庭園のイメージに重ね合わせ、自分のなかで18世紀の空間を再構成してみる。
 さてこれ以上いろいろな展示を見ても頭のなかが混乱するばかり、余裕を残してルーヴルを出る。四谷シモンと荒木さんはすでにホテルに戻っており、散歩の印象をああだこうだと話している。二人はサンジェルマン大通りから少し入ったリュ・ドュ・バックでかわった標本や剥製の店を見つけ、そこでアウトドア・ウェアなどを買い込んだらしい。ほんとにおもしろい店だったと興奮さめやらぬ面もちだ。しばらくのあいだ、標本店体験記とルーヴル探訪記が交錯する。
 この日は郊外電車がストライキ、荒木さんの乗る飛行機の離陸時間は午後11時過ぎだが、少し早めにシャルル・ドゴール空港に向かうことにし、スーパーで夜食や機内食などを買い込んで大月さんを待つ。しかし心配したほどの混雑もなく車はスムーズに空港に到着、早く着きすぎたので空港内のマキシムで軽く一杯。みんなで荒木さんを見送ってパリに戻る。
 市内に入ってから、北駅のそばの鉄筋づくりの橋が無骨でかっこいいといっては、橋の上に車を止めてふらふら見学。その足で今度はサン・マルタン運河に向かう。運河には第二次大戦前のマルセル・カルネ監督の映画「北ホテル」の舞台になった北ホテルがそのまま残っており、「ほらこの橋の上でアルレッティとルイ・ジューヴェが別れ話をしてたんだ」と、こちらも当時の姿そのままの橋を、大月さんに教えてもらう。パリといってもサンジェルマン・デ・プレやモンマルトルとはまた少しおもむきが違うこのあたりは、映画の登場人物がそのまま出てきそうな静かな雰囲気だ。
 運河のほとりにたたずんでいるうちに夜もふけ、大月さんに送ってもらってホテルに戻る。
1月22日(木)
 この日の朝食はドゥ・マゴ。ドゥ・マゴにはコンティネンタル(大陸風)と英国風の2つのセットがある(各15ユーロ)ことがわかったので、まずはそれに挑戦。なんのことはない、コンティネンタルはパンの盛り合わせつき、英国風はベーコン・エッグつきということだった。パンの盛り合わせは多すぎてとても食べきれないので、さすがにこの朝食セットは割高。
 ほんらいであれば展覧会のオープニング後、ビデオの上映会やミニ討論会を予定していたのだが、美術館の準備がととのわないのでなにもすることがない。いったんホテルに戻り、オテル・ド・ヴィル(パリ市庁舎)のそばにあるというバザール・ド・ロテル・ド・ヴィルという雑貨や道具の専門店に、フランスならではの工具やおみやげを探しに行く。オテル・ド・ヴィルの手前のシテ駅で地下鉄をおり、ノートルダム寺院からオテル・ド・ヴィルまでは、ちょっとした朝の散歩。
 バザール・ド・ロテル・ド・ヴィル全体は百貨店だが、その地下が道具類の専門店になっている。日本でいえば東急ハンズのような感じだ。四谷シモンはわが意を得たりと大喜びで、あっちだ、こっちだと店内をいろいろ探しまわる。ただしこうした専門の道具、工具のようなものは、こちらの希望を正確に相手に伝えるのがとても難しい。必要な単語がまったく思いつかないのだ。たとえばネジ回しのような商品について、その単位がインチかセンチか確認したいのだが、こんな簡単なことでもすぐに言葉がつっかえてしまう。また作業衣を買おうとしても、サイズがどうなっているのかわからない。まあしかし、異国での買い物というのは、こういうよくはわからないところがまたおもしろいのだ。ともかく、日本では手に入れにくいしゃれた工具類などを買い込む。
 なんとか買い物を終え、店を出ようとしたところにおもしろいカフェがある。職人の工房そのままという雰囲気で、壁にかけられた使い古した工具や全体のうす汚れた感じも、あたかも舞台のセットのようにきちんと考えつくされている。われわれもちょっとその登場人物の仲間入りすることにし、店内へ。料金はコーヒー一杯が2ユーロ以下でとても安い。隣り合わせたおばさんと、とてもいいカフェですねと、ちょっと話をする。
 さて、バザールの次はもう一度オールド・イングランドへ行こうと四谷シモン。ここでみんないろいろ欲しいものを見つけているのに、自分のものだけ見つからず不満なのだ。執念でベーシックなベージュ色のカシミヤのセーターを一着選ぶ。カシミヤ糸4本縒りで、最高の風合いだ。
 さて昼は大月さんと待ち合わせの約束をしており、公衆電話に向かうが、モンマルトルで購入したテレフォン・カードではさっぱり電話がかからない。荷物はたくさんあるし、いったんホテルに戻り、ホテルから大月さんに電話をいれる。「いつも同じものじゃなくて、今日は洋食にしよう。ホテルの近くにもおいしい店はたくさんあるから」と大月さん。われわれをイタリアン・レストランに誘う。
 大月さん推奨の店はラ・ロカンダといい、ホテルから歩いて5分ほどの距離。サンジェルマン大通りから少し入ったところにある。ここのマスターはとても陽気で商売上手。日本びいきで日本にも行ったことがあると、片言の日本語を交えながらどんどん話しかけてくる。ここで大月さんと四谷シモンはシーフードのパスタを選び、私はシチリア名物のタリオリーニ・アッラ・ノルマ(ノルマ風タリオリーニ)を選ぶ。このタリオリーニ・アッラ・ノルマは、ベッリーニのオペラ「ノルマ」にちなんで名づけられたもので、昨年音楽雑誌「モーストリー・クラシック」の記事のなかで自分で紹介したてまえ、一度本格的なノルマ風パスタに挑戦してみたいと思っていたのだ。もちろん、それがパリで実現するとは考えだにしなかったけれど。そして、このラ・ロカンダのタリオリーニ・アッラ・ノルマは、トマト・ソースとクリーミーなチーズのハーモニーがなんとも心地よい。少し幅広のタリオリーニというパスタも、ソースとうまくあっている。ラ・ロカンダでは、パスタの前にとった野菜のオイル漬けも、バラエティーに富みとてもおいしかったことを書き添えておく。
 さてラ・ロカンダですっかり満腹になったわれわれだが、腹ごなしにと、大月さんに薦められるまま、サンジェルマン大通りの小さな店をいろいろ覗く。四谷シモンは、色がいいとここでもセーターを買っている。またすぐ近くに、四谷シモンの古い友達でファッション・デザイナーの入江さんが店を構えているというので、そのブティックにも立ち寄る。大月さんと四谷シモンはもっとあちこちぶらぶらしていたいというが、散歩にあきた私は、夕方の再会を約束してまたルーヴルへ向かう。入江さんのプティックからは、セーヌをわたってすぐにルーヴルのガラスのピラミッドだ。
 今日の訪問目的はイタリア絵画とスペイン絵画。すでに午後3時をまわっているので、割引料金が適用されるのは折り込み済み。券売機でのチケット購入もまようことはない。すると私があまりすらすらチケットを購入するので、隣にならんでいたフランス人がどうやって買うのかときいてきた。な〜んだ、チケットの自動販売機の扱いは、ちょっとなれないとフランス人でも難しいということなのか。ちなみにフランスの自動販売機、地下鉄も郵便局も、原則、まず何を何枚買うのか入力すると料金が表示され、料金を確認してからお金を入れるシステムだ。最初にお金を入れると購入できるものがランプで示される日本の自動販売機とは順番が逆。このポイントをおさえると、いろいろスムーズに利用できると思う。
 ルーヴルのイタリア絵画の展示は、一直線の大回廊になっており、前回はじめて見たときはこの回廊そのものに圧倒されたが、今回はそれに驚くことはない。何がどんな風に展示されているかだいたいわかっているので、自分のペース配分で見たい作品だけじっくり見ることができる。冬の午後のこととて、ダ・ヴィンチの前にもラファエロの前にも人だかりは全然ない。名画を独り占めできる至福のひとときだ。これら巨匠たちのそうそうたる作品がならぶなかで、ひときわはっとさせるのはカラヴァッジョ。この人のリアリズムは周囲の作品と全然違うので、思わず足を止めてしまう。また展示の仕方のせいか、グイド・レーニは、ルーヴルで見るとものすごい巨匠に思えてくる。
 延々と続く回廊も、奥の「モナ・リザ」の展示の前あたりから混み始める。この展示室は作品を鑑賞するという雰囲気ではない。「モナ・リザ」の前で、みんな一生懸命に見たという証拠写真をとっている。
 イタリア絵画の展示室からスペイン絵画の展示室に移動すると、空気が一変する。一枚一枚の作品からは気づきにくいが、ルーヴルの展示をとおしてイタリア絵画とスペイン絵画を大きくとらえると、リアリズムの質が全然違うのだ。イタリア絵画では、モノつまり存在と非在の輪郭がくっきりしているのに、スペイン絵画ではリアル(これは本来モノ的という形容詞だが)が極端までいってファンタジーになってしまう。どの作品も異様なテンションの高さだ。
 さてイタリア絵画の大回廊を逆戻りして、今度はフランス近代絵画の大作のコーナーに出る。するとリアルの質がもう一度変わる。イタリア絵画が対象をマクロ的にとらえていたとすれば、ダヴィッドもアングルもドラクロワも、もっと対象の細部まで焦点をあてている。しかし細かいものが明確に見えてくる分だけ、あるトータルな存在は確実に後退している。ルーヴルにならぶイタリア、スペイン、フランス3国の絵画は、期せずして、絵画とは描き手の世界観の表明なのだということをまざまざと教えてくれた。
 ここでホテルへ戻って、大月さん、四谷シモンと合流。別れたあと、二人は画材屋、帽子屋などをのぞき、リュクサンブール公園前のアンティーク・ドールの店ラ・メゾン・ド・ラ・プッペに行って、ポスターの掲示を頼んだりしていたという。いつのまにか、四谷シモンは変な帽子をかぶっている。
 さあ今度は自分の友達を紹介しよう、みんながたむろしているカフェ・パレットに行こうと大月さん。こちらに考える隙を与えない。
 パレットではアメリカ人の画商アレックスさんと同席。この人はとても気さくで、アル・サン・ピエール美術館のレセプションにも駆けつけてくれた。自分からそんなに話す方ではないが、実際の作品を目にしたことで、四谷シモンに一目置きだしたのが感じられる。そこにカトリーヌ、ソフィー、アンヌのフランス女性軍団、アレックスさんの友人ジョニーさんが自然発生的に集まり、みんなで食事にということになる。食事といっても8人の大人数なので、行き先がなかなか見つからない。サンジェルマン界隈をうろうろして、ようやく見つけたラ・プティット・クールというレストランに飛び込む。やった、フランス料理だ!
 席を決め、ワインの注文はアレックスさんにまかせ、みんな好きなものを一皿ずつ取ることに。私が選んだのは仔牛肉の煮込み。マッシュ・ポテトと人参のすりおろしのようなものが温野菜として添えてあり、肉もさることながら、この付け合わせが美味。おいしいワインとおいしい料理に会話もはずむ。四谷シモンは日本語だけ、ジョニーさんは英語だけしか話さないが、そんなこと全然おかまいなし。四谷シモンの名前の由来がニーナ・シモンで、なかでも一番好きな歌は「ヌ・ム・キトゥ・パ(捨てないで)」ときくと、カトリーヌとソフィーはすぐさま「ヌ・ム・キトゥ・パ」を歌い出した。こちらも負けてはいられない。ミュージカル「キャバレー」の挿入歌「ヴィルコーメン(ようこそ、みなさん)」を歌う。「ヴィルコーメン」は中身がからっぽのどうということもないような歌だが、ドイツ語、フランス語、英語が交互に飛び出す歌詞と内容がなんとなく場にあってうけ、アレックスさんが応援してくれる。あっという間に時間が過ぎ、美容と健康を気にするソフィーが肌のためにもう眠らなくてはといいだしたのを機に食事はお開き。気前のいいアレックスさんがワインはおごるというので、残りを30ユーロずつの割り勘にして店を出る。
 ホテルに戻るとロビーのパソコンがふさがっているので、近くのネット・カフェに探検に行く。このネット・カフェは入り口で言語(仏・英・伊)を選び、好みの席に着くシステム。1ユーロ15分也。ちなみに店内に漫画や雑誌はなく、みんなひたすらパソコンに向かっている。壁がガラス張りで、店内が外からオープンでのぞけるのも、閉鎖的な雰囲気の日本のネット・カフェとは大違い。さてフランス語ソフト指定で自分のサイトをのぞくと、ホテルのパソコンと違い、漢字かなまじりの日本語が文字化けせずに表示される。フランスのパソコンから日本のサイトをきちんと見ることはできないのかと思っていた私は、ソフトさえ新しければフランスのパソコンからも日本のサイトが見れると知って、まずは一安心。それさえわかれば長居は無用と、急いでホテルに戻る。



2004年1月 パリ滞在記:その1 (1月15日&16日)

2004年1月 パリ滞在記:その2 (1月17日)

2004年1月 パリ滞在記:その3 (1月18日&19日)


2004年1月 パリ滞在記:その4 (1月20日)

2004年1月 パリ滞在記:その6 (1月23日&24日)

アル・サン・ピエール美術館の人形展(「四谷シモンーー人形愛」サイト内)

徘徊録 La Nomadologie