イスラームの国家・社会・法――法の歴史人類学

ハイム・ガーバー著
黒田壽郎訳・解説
藤原書店、1996年


State,Society,and Law in Islam
Ottoman Law in Comparative Perspective
Haim GERBER, 1994 State University of New York

 

 本書は、マックス・ウェーバー以来イスラーム社会(具体的にはオスマン朝)分析の定説となっている、イスラーム社会は合理的な法のない社会であり、スルタンを頂点とする上級支配者の恣意的な専制によって社会的な諸トラブルが解決されていたという理解(註)に対し、オスマン社会の法的基底をなした法学者の見解や慣習法(カーヌーン、ギリシア語のカノーンに由来する借用語とされる)運用の実態を一次史料(アナトリアの古都ブルサの町のカーディー<裁判官>の記録、1675年になされた実際の苦情2,800件を集めた「苦情集成」、フェトワー<個人からよせられた個々の疑問・事例に対する法学者の見解>集成)により明らかにし、ウェーバー流のイスラーム理解のみなおしを図った書である。
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 日本の場合、イスラーム研究の歴史が浅いことも幸いし、ウェーバーの見解そのままのイスラーム理解は少なく、イスラーム社会におけるシャリーア(イスラーム法、聖法)の役割は比較的正当に評価されてきたように思う。ただし、シャリーアあるいはその法源となるコーランやハディースに関し、イスラーム正統派であるスンニー派の公式立場として「解釈の門は閉ざされた」という見解がそのまま受けいれられてきたため、シャリーアの運用や慣習法についての研究はまったく手つかずに近い状態だったのではないか。
 したがって、慣習法運用の実態を明らかにするこの著作は、ガーバーの意図する反ウェーバー主義という意図とは別に、日本におけるイスラーム法理解においても、画期的といえる。
 私としては、シャリーアと慣習法の関係(慣習法が有効とされた思想的根拠)について非常に興味があるのだが、この著作ではあまりくわしくふれられていない。しかし、利子をめぐる訴訟や、さまざまなギルドから起こされた権利侵害の訴訟とそれに対する法学者の見解や訴訟結果を細かく紹介する本書の重要性は、それによっていささかも揺るがないだろう。
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本書全体の構成は次のとおり。
序章 第1章 ウェーバー理論の再検討と法人類学的アプローチ――17、18世紀におけるオスマン朝法過程の構造
第2章 法の歴史的展開――カーディーとシャリーア裁判所の位置
第3章 理論的法とその実践的過程――法的体系におけめフェトワー
第4章 慣習法とギルド
第5章 法と政治・社会の相関性――オスマン朝の政治体制における家産制と官僚制の点検
第6章 総括的批判と展望
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 本書の訳者・黒田壽郎氏自身による解説も、本書の位置、ひいてはイスラーム法思想全体を理解するのに役立つ力の入ったものである。 なお、当翻訳に頻出する「資料」という訳語は「史料」とすべきではなかったかと思う。

註)
本書の訳者・黒田壽郎氏は、本書解説のなかでウェーバー流のイスラーム法理解を次のようにまとめている(本書21ページ)。
@ それは完全に予測の不可能な法体系であり、いかなる規則も、施行可能な法も存在しないため、なんぴとも裁判官が裁定に当たってなにを根拠とするか知りえない。
A 上述の特徴の結果としてそれは、専断的で、基本的人権を否定する法体系である。
B また最初の特徴の結果として、腐敗が埋め込まれた法体系である。

(2002・7・27・up)

徘徊録 La Nomadologie