人格知識論の生成ーージョン・ロックの瞬間

一ノ瀬正樹著
東京大学出版会、1997年

 このページでは、経験論哲学をその根源から考え直すための手がかりとして、イギリスの経験論哲学者ジョン・ロック(1632年−1704年)の著作を、「人格」をキーワードとする新たな視覚から読み直した一ノ瀬正樹氏の研究書『人格知識論の生成ーージョン・ロックの瞬間』(以下、『人格知識論の生成』と略記)を、全体の議論への導入部である序章「人格と知識の融合」、第一章「生得説批判」、第二章「実践への眼差し」を中心に要約し紹介してみたい。
 ちなみに、同書は第一部「知識論の構図」、第二部「人格概念の確立」、第三部「人格知識論の現出」の三部構成であり、第一章と第二章が第一部「知識論の構図」を構成している。したがって、当要約は、一ノ瀬氏によるロック知識論の構図を確認することに限定されたものである。氏のロック論に興味をもたれた方は、その全体を原著で直接確認していただきたい。
 なお、当サイト管理人・如月の関心を反映し、以下の紹介では一ノ瀬氏によるロック説そのものの読解の要約紹介と同時に、同氏によるロックとライプニッツの所説の比較の紹介に大きな比重がおかれることになる。

1)序章における問題提起

 一ノ瀬氏のロック論全体の方向性をおさえるため、まずは序章「人格と知識の融合」を読んでいくことにする。
 一ノ瀬氏の議論は、哲学の伝統的な主題の一つである「知識」に関して、持続と瞬間の二つの方向からの捉え方が可能なのではないかという問題提起からはじまる。そして、「知識の持続性は、「誰が」その知識を主張したり獲得したりするのかという観点を意図的に排除したとき現出するのに対して、知識の瞬間性は、まさしく「誰が」その知識を主張し「誰が」その知識を獲得するのかという観点に立つとき姿を現してくる」(『人格知識論の生成』6頁)と指摘する。続けて、この「誰が」とは「人格」にほかならないと押さえられ、「したがって、持続性の強調によって表象される知識のあり方は、「人格」との関連を積極的に欠いたところに成り立っているがゆえに、「没人格的知識」と呼ぶことができるであろう。そしてもちろん、瞬間性に注視することによって描かれる知識のあり方は、「人格」との本来的連関のもとで生成してくるがゆえに、「人格知識」と呼ぶことができよう。かくして、立ち向かうべき課題は、「人格知識」の実相を解明すること、このことに集約されてくる」(『人格知識論の生成』6頁)と、議論の大枠が明らかにされる。
 ここで、議論は一般論から歴史的側面(哲学史)へと移行する。
「知識を主題にした哲学は一般に認識論と呼ばれ、近世哲学の大きな柱の一つをなしてきた。そして、この近世認識論の発端をなすとされているのが、17世紀のイギリスの哲学者ジョン・ロックである。ロックは、生まれたばかりの人間の心を白紙にたとえ、すべての知識は経験に由来するとした。このような原構図のもとに、近世認識論は、いわばデカルト的に純粋かつ抽象的に取り出される主観が客観とどのようにかかわるとき認識が成立するのか、という問いをめぐってさまざまな議論を提示してきたと、そう一般的かつステレオ・タイプ的にまとめられる。(中略)
 しかしながら、こうした記述は大きな倒錯を犯している。少なくとも、私にはそう思われる。というのも、右のようなまとめ方は、「経験」ということを没人格的な感覚や知覚とほぼ同一視してしまうきわめて特殊な見方、恐らくはカントに起源する見方、を最初に受け入れたうえで、その見方を機軸にして近世認識論全体を、つまりその特殊な見方が発生する以前の哲学までをも、総括しようとするものだからである。」(『人格知識論の生成』10頁)
 一ノ瀬氏の議論のポイントは何か。
「このような見取り図のもとで析出されるロックの人格知識論に関して繰り返し強調されるべき特徴は、まず第一に、ロックは、知識を論じるときに、実践から抽象された純粋な主観ではなく、まさしく実践のただなかにいる人格にこそ訴えているということである。純粋な思惟の主体として取り出される主観あるいは自我を議論の出発点とすることが近世哲学のメインストリームを形成していったとするなら、ロックは明らかに異端であったと言わねばならない。しかし、異端がすなわち不当であることには決してならないどころか、異端であるがゆえにかえって人の見逃した論点を見据えることができたのではなかろうか。(中略)しかも、ロックのこうした方向の議論の底には、人格が知識と独立にまず存在していて、それが知識を獲得する、というような構図ではなく、知識などの財を獲得することによって人格が形成されていくという、いわば人格と知識を融合し一体化させていく、というラディカルな把握も流れている。」(『人格知識論の生成』12頁)
 ロックのこうしたラディカルな着想こそ、ロック独特の時間、すなわち一ノ瀬氏が言うところの「ジョン・ロックの瞬間」ということになる。
「知識が、労働という努力や探究を踏まえたうえで、そのつどの所有という瞬間的な同意や決定によって成立していくこと、そしてそうした同意や決定と同時に社会制度への暗黙の同意がやはり瞬間的に遂行されていくこと、しかもこれらのことが人格概念の確立にも寄与していくこと、こうしたロック哲学に宿る人格知識論の着想のことを私は「ジョン・ロックの瞬間」という言い方で象徴的かつ凝縮的に表現することにしたい。」(『人格知識論の生成』13頁)

2)生得説批判の論点

 さて、ジョン・ロックの主著『人間知性論』は生得概念批判からはじまるが、一ノ瀬氏は、この『人間知性論』第一巻での議論を「知識の成立自体の根拠を論じたもの」ととらえ、「ロックが「知識」ということを「知られる」あるいは「理解される」ということと重ね合わせている」ということに最大限注目すべきであるとする。
 一ノ瀬氏によれば、「ロックにとって、「知識」とは、それを所有する人にとって「知られ」そして「同意」(assent)されてはじめて成立する」ものである。そしてこの一見奇妙な主張も、普通に考えれば、「「知識」のある局面を的確に取り出した指摘であることは容易に了解できるだろう」という。すなわち、「ロックがここで扱っている論理的な知識に即して言うなら、ここで指摘されているのは、論理的推論が最終的に成立するには証明の過程が記されたり示されたりするだけでは十分でない、ということである。それだけでは推論の帰結についての「知識」はいまだ人に知られたとは必ずしも言えず、したがって人に所有されるには至っていない。推論とその帰結についての知識は、人がその推論を「肯定する」あるいは「同意する」ことによってはじめて本当に成立するのである。すなわち、推論は、「肯定する」あるいは「同意する」という行為によってこそ、その人に宿り、その人が所有するところの知識となるということ、換言すれば、知識は、人が理解してはじめてその人の知識となるということ、こうした自明な事態にロックは注目していた」(『人格知識論の生成』30頁)というのである。
 さらにその先を続きを読んでみよう。
「要するにロックは、原理とその認識とを、ひいては真理の存在と真理の認識とを同化しようとしていたのである。そうした視点からすれば、生得説、つまり少なくとも認識されない原理の存在を主張しようという説は、原理の主張である以上は真理に関する主張と見ざるをえないが、ロック自身とはまさしく正反対の主張になる。」(『人格知識論の生成』32頁)
 この直後の箇所で、一ノ瀬氏は、ライプニッツのロック批判に触れ、それを@形式説、A潜在説としてまとめる。
 形式説とは、矛盾律を例にとり、「論理的原理はわれわれのすべての思考の形式として、つねに先行されて前提されていなければならない、よって生得である」というものである。すなわち、「ロックが生得性の問題を文字通り事実的問題として扱っていたのに対し、ライプニッツはそれを論理的問題と捉え、論理的形式性・先行性をもって生得性の根拠と解したのである。少なくともこの段階に視点を限るなら、そうまとめることができよう。こうした考え方には、「生得」という概念を素直に取る限り、「思惟における心理的秩序と論理的秩序の同一視」からする「別個な事柄の混同」つまりは「すりかえ」があるとまずは診断できる。けれども、これは「すりかえ」なのではなく、ライプニッツはまさしく二つの秩序を正当に区別したのであって、それは「彼の最良の洞察」である、とする積極的な解釈もまた可能かもしれない。いずれにせよ、この場面だけでは、ロックとライプニッツの議論は、論争になっているというよりも、根底的に噛み合っていないと言うべきである。ロックが知識全般をそれを獲得する「同意」の行為のなかに事実的な事態として見届けようとしているのに対し、ライプニッツは、少なくとも論理的原理に関しては、そうした事実的に生じている行為を捨象した地平において知識を捉えているからである。ここには二つの全く異なる知識観が、つまり、「人格知識」と「没人格知識」という序章で見越した見方に明らかに対応する二つのともに正当な見方が、いわば平行的に並立しているのであり、形式説はそうした場面におけるロックへの反論なのである」(『人格知識論の生成』33〜4頁)という。
 一方潜在説とは、「概念や原理が「潜在的に」(virtuellement)われわれのうちにあるという考え方であり、「潜在的認識(connaissances virtuelles)と内的隠蔽(suppressions interieures )」の主張である」とされる。「さきの形式説とは違って、この潜在説は、単なる形式にとどまらず、現実の内容や対象として生得的知識が潜在的にしかし事実的に現前する、と主張する。それゆえ、形式説にとどまる局面とは違って、潜在説を説くライプニッツは全面的にロックと対決することになる」という。
 こうした潜在説を主張する根拠として、ライプニッツは二つの論点を挙げているという。第一は、ライプニッツ固有の微小表象(petites perceptions)の概念が記憶の事実に実際重なるという論点であり、第二は、生得的知識の存在は不可能ではないという論点である。
 ライプニッツの論点を以上のように確認した上で、一ノ瀬氏は、「ロックは、「知識」を実践のなかへ織り込むことによって、ライプニッツ風の批判にどのように対応できるようになるか」を課題の一つとして検討していくことを予告する。

3)実践への眼差し

 次に第二章「実践への眼差し」を読む。この章の構成は、第一節「『自然法論』の探究」、第二節「自然法の認識と実践」、第三節「生得的実践原理」、第四節「「人格」の同意」、第五節「性向と傾向性」だが、ここでは節ごとに細かく議論を追っていくことにしたい。

i)『自然法論』の探究
 一ノ瀬氏は、「知識をある種の実践と連動させるというロック哲学が宿す着想の原点を押さえる」ため、まずロックが1660年代に執筆した『自然法論』を取り上げる。
 ちなみに、ロックの学生時代はイギリスのピューリタン革命と重なっているが、オックスフォード大学卒業後、ロックは1660年に二編の政治権力論を執筆、その直後にオックスフォードのギリシア語講師に就任している。八編の『自然法論』はそれに続く時期に執筆されたもの(ただし、20世紀に発見されはじめて公刊された)であり、その表題(内容)は次のとおり。

 @「道徳の規則、あるいは自然法はわれわれに与えられているか、与えられている」
 A「自然法は自然の光によって知ることができるか、知ることができる」
 B「自然法は人びとの心に刻みこまれているか、刻みこまれていない」
 C「理性は感覚・経験によって自然法の認識に到達することができるか、到達できる」
 D「自然法は人びとの普遍的な同意から知ることができるか、知ることはできない」
 E「人びとは自然法によって拘束されているか、拘束されている」
 F「自然法の拘束力は永久で普遍的であるか、永久で普遍的である」
 G「各個人のそれぞれの利益は自然法の基礎であるか、基礎ではない」

 では、一ノ瀬氏の『自然法論』分析を読んでみよう。
「ロックによれば、「自然法」とは端的に「道徳的善あるいは有徳」(bonum morale vel honestum)のことであり、「正しい理性」(recta ratio)であり、それはひとえに理性的な自然の光によってのみ発見される、とされる。それはまた、「理性自身が宣言するところの、人間本性の土壌に確固として根ざして存続する、確定された永久の道徳規則である」とも言われる。このようなロックの規定から、「自然法」が純粋に理性的な道徳法則と見なされていることが明確に窺われる。しかしでは、ここで言う理性とは果たしてどのような意味の理性であろうか。ロックはこのことについて二つのことを区別する。それは、理性の対象と理性自体という区別であり、ロックによれば、理性の対象とは道徳的原理や命題としての「自然法」そのものであるのに対して、理性自体とは既知のことから未知のことへと進む心の推論的な機能である、とされる。ここでロックは、「自然法」を発見する推論機能としての理性を主題的に論ずる。つまり、「自然法」はどのように知られるか、という問題こそが若きロックの第一の課題であったのである。」(『人格知識論の生成』37〜8頁)
 一ノ瀬氏によれば、ここでロックは、「たしかに「自然法」は理性によって発見されるが、「もし最初に何かが前提され当然のことと見なされていないならば、論証の強力な機能である理性をもってしても、全くなにごとも達成されない」として、「印銘」(inscriptio)、「伝承」(tradotio)、「感覚」(sensus)の三つを理性に前提を提供する源泉の可能性として指摘したのち、印銘、伝承をしりぞけ、その前提とは感覚であるとの結論のもと議論を進めているという。
 ロックは、感覚や身体に根拠を持つ「自然法」の内容として、自己保存をはじめとして、殺人や窃盗の禁止、神への尊敬、両親への愛情、隣人への愛、などを挙げる。
「この「自然法」の内容のある自在性という論点こそが、ロックの「自然法」概念のもっとも本質的な、かつ後の生得説批判にもっとも直結する、特徴を導くように思われる。ロックは「自然法」の内容の時間的状況的変化を認めるが、ではいつどのような状況でどのような変化が許されるのか。ロックは、それに対して、そのような判断はわれわれの能力や思慮に依存するということを示唆していた。実際この点こそロックの考えの核心を示すものであると言える。というのも、そもそもロックが「自然法」が理性的な自然の光によって知られるとしたときも、それは「自然法」が本性的に人間の心に「印銘」されているということではなく、「もしひとが、自然によって与えられた能力を適切に用いるならば、他人の助けを借りず自分だけでその知識に到達しうるような、そうした種類の真理が存在するということを意味するにすぎない」として、「自然法」の超越性よりもむしろ「自然法」に至るわれわれの努力や探究を強調していたからである。」(『人格知識論の生成』40頁)
 こうした分析をとおした第一節の結論は、次のようなものである。
「「自然法」のほとんどの内容がそのように努力探究されて判断されるしかないものであるならば、ロックのいう理性とは「自然法」の内容そのものに関するというよりも、それを探究する実践的態度にこそ重ねられていたのではないかと思われる。言い換えれば、ロックが推論機能としての理性を問題にしたということはすなわち、推論する「行為」に焦点を当てようとしたことにほかならない、ということである。」(『人格知識論の生成』41頁)

ii)自然法の認識と実践

 ロック『自然法論』の分析はさらに続く。
「「刑罰」(poena)は「自然法」の存在を証する論拠の一つであった。ロックによれば、「法の制定者がなければいかなる法も存在せず、刑罰がなければ法は全くの無駄である」。ここでの「刑罰」は、単なる禁獄や使役ではなく、もっとも純粋な意味のそれで、「神」の審判により魂が永遠に受ける応報のことである。こうした「刑罰」は決して消極的なものではありえない。「刑罰の恐怖ではなく、正しいことの理性的な理解が、われわれに義務を課すのであり、もしわれわれが罪を犯したなら、良心が道徳的判断をして、われわれ自身刑罰に値すると宣言する」のである。しかるに、ここでの「罪」とは「自然法」に背くということであるから、人が積極的に「罪」の自覚に至るためには、当然「自然法」を知らなければならない。ということは、「自然法」の知に至る努力探究の過程を経ていなければならない。してみれば、もしそうした努力探究の過程が完遂されているなら、もちろん「罪」を犯すことを避け「刑罰」を避けることができようし、仮に「罪」を犯したとしても自ら「刑罰」に値すると自覚できるわけである。すなわち、いずれにせよ「自然法」の認識に至る努力探究の成否は、ひとえにこの「刑罰」の概念との対応において捉えられるのである。そしてこうした「刑罰」は、それ自体「身体」が受ける苦痛の「感覚」でもある。この点は、さきに確認した、身体の生の事実が自然法の根底にある、という論点と呼応していると考えられる。それゆえ、この「刑罰」の場面にこそ、ロックの「自然法」理解の主要な要素が集約されていると言えるのではないか。いや、それのみならず、ロックの知識論の鍵もそこにあると推定されうるのではなかろうか。」(『人格知識論の生成』41〜2頁)
 続いて、『自然法論』におけるロックの意図は、義務自体と義務内容、主意主義(自然法の拘束力の根拠を「神の意志」に求める考え方)と主知主義(自然法の拘束力の根拠を「正しい理性の指令」に求める考え方)といった区別を積極的に排除するところにあるとし、フォン・ライデンとコールマンのロック論を批判的に分析したのち、自然法の認識を認識一般のモデルとするロックの知識論を次のように性格づける。
「知識とは、そもそも人が努力探究して自ら同意決定するべきものであるという意味において、そしてその成否つまりは真偽についての審判を最後に受けるという意味において、本質的に規範的なものである、という把握を暗示するのである。これは、実にラディカルであると同時に、実に重要な洞察であると言わねばならない。」(『人格知識論の生成』45頁)

iii)生得的実践原理

 次に一ノ瀬氏は『人間知性論』をとりあげ、議論を知識一般へと拡大していく。
「生得説批判におけるロックの立場は、もちろん、生得概念など存在せず、すべての知識は経験に由来する、というものである。では、この場合、経験とはどのようなものなのか。ロックは、このことについて、最初に感官から観念が入り、それを材料にして理性の推論機能が行使されるという場面を指示したが、それに関連して次のような注目すべき考えを示した。すなわち、「すべての推論は探究であり、思いめぐらすことであって、苦労と専心を要求する」(『人間知性論』1.2.10)。ここから、ロックが、『自然法論』で描いた自然法の知識の構造を、知識一般にまで拡張しようとしていることが十分に窺えよう。この事情は、当然のことながら、思弁的原理について以上に実践的原理について一層明白となる。ロックは次のように述べる。
「道徳原理は、その真理の確実性を発見するのに、推論と論議を必要とし、心を何らか働かせる必要がある…それゆえ、もしわれわれが道徳規則の確実な知識に至らないとするなら、それはわれわれ自身の落度なのである。」(『人間知性論』1.3.1)
さらに、こうした考えの方向性は、たとえば「神」の概念の獲得という問題においても、繰り返され強調される。「われわれには神の概念に達する諸機能が備わっているのだから、もしわれわれが神の概念を持たないとしたなら、それは勤勉と考察がわれわれに欠けているからである」(『人間知性論』1.4.17)。ロックは、明らかに『自然法論』での着想を拡張し、およそすべての知識が努力探究の「行為」によって成立する、と主張しているのである。こうしたロックの主張の背景には、たしかに、当代の多くの学者たちが「生得原理」の美名のもとに原理自体への反省を怠けて行おうとしない、ということへの強い警告があると考えられる。」(『人格知識論の生成』46〜7頁)
 続いて、一ノ瀬氏は、ロックの次の発現に注目する。
「たしかに、自然は人間を幸福の欲望と不幸の嫌悪のなかへと置いた。これらはまさしく生得の実践的原理であり、それはつねに止むことなくわれわれのすべての行為に作用し続け、影響し続ける。」(『人間知性論』1.3.3)
「これはどのように解されるべきか。ライプニッツが喜んだように、ロックは結局は生得原理を認めてしまったのか。ともあれ、この発言を理解するには、人は幸福や不幸がそもそも何であるのか確固とした理解を持っていないこと、そして、まさに幸福や不幸が何であるのかこそ道徳の主要な主題の一つであること、こうしたことを押さえなければならない。本当の幸福や不幸が何であるかは、熟慮され探究されねばならないのである。したがって、ここでロックは印銘された生得概念を承認しているのではない。言ってみれば、ロックは結局、善とは何なのかと問わずにはいられない、という事態を承認しているのである。つまり、問う「行為」自体は経験とは独立に絶対的に認めなければならない、という主張である。よってそれは、われわれがさきに述べた努力探究の「行為」を強調する見方に背反するどころか、そうした「行為」それ自体をぎりぎりまで問いつめ根拠づけようとした主張であると見るべきではないか。」(『人格知識論の生成』49頁)
 一ノ瀬氏は、こうしてロックによれば、「努力探究の「行為」が知識成立にとって本質的であることがおおよそ明らかになった」として先に進む。
「実は努力探究だけでは永遠なる進行過程にすぎず、いつまでも人に知識が宿ることはない。どうしても、こうした努力探究の過程を打ち止めにし完結させる契機がなければならない。そして、ロックにおいて、その打ち止めの役割を果たしているのが「同意」にほかならないのである。すなわち、ロックにおいて、知識とは、努力探究の過程を経た「同意」によって成立するものなのである。これは、本質的に『自然法論』においてすでに見込まれていた見方であった。」(『人格知識論の生成』49頁)
 一ノ瀬氏は、次に、「努力探究から同意決定へという知識成立の構造は、ロックの『統治論』において一層顕在化されている」と主張し、『統治論(統治二論)』に視線を転ずる。『統治論』において、同意決定の行為は最終的にどう捉えられているのか。一ノ瀬氏は、「純粋に同意・決定の行為が発現する場面として、戦争状態や国王自身への審査といった、地上に裁判官のいない状態に注目してみたい」とし、国王自身の審査の場合についてのロックの次の発現に注目する。
「この場合国民は、地上に裁判官のいないその他すべての場合と同様に、天に訴える(appeal to Heaven)以外に救済策を持っていない。」(『統治論』第二編168)
「私は、この「天に訴える」という表現にこそ、ロックの哲学のすべてが凝縮し集約されているのではないかと考える。「天に訴える」と表現される、ぎりぎりの最終的な決定、そうした決定の契機が、自然法についての知識、そしてその他の知識一般にも、本来的に組み込まれているのではないか。ロックの哲学に宿されている含意を素直に捉えるならば、このような理解に至るのは必定だと思う。同意や決定によってこそ知識が確立するのだから、同意や決定それ自体は、究極的には、知識による合理化を越えた一種の跳躍にならざるをえないと思われるからである。少なくとも、知識一般の原型となる自然法の「知識」が「天に訴える」という表現に訴えて理解されているということによって、ロックの知識一般についての捉え方が、「最後の審判」そして「刑罰」という概念と結局は連動していくものであることが示唆される、とは言えよう。「天に訴える」とは、自らの決定を自らの全面的責任のもとに引き受け、それへの裁定を自覚的に受容する覚悟を秘めた決定だからである。」(『人格知識論の生成』51頁)

iv)「人格」の同意

 議論はいよいよ「ジョン・ロックの瞬間」に迫っていく。
「以上の理解が知識一般に当てはまるとするなら、それはもちろん、知識がつねに変容していくという可能性を許容することになろう。しかし、ロックはまさしくそう主張したいのである。そして、そうした方向性を象徴するのが、『統治論』における「抵抗権」(Right of resisting)の議論であると見なすことができる。ロックにおいて自然法に従うことは自然法を認識することにほかならない以上、自然法に純粋に従うことである「抵抗」は同時に自然法の認識を生命をかけて追求することでもあるが、その「抵抗」とはまさしく国家形態の変容を目論むこと、つまりこれまでの自然法認識を改変していくことであるからである。このような仕方でロックの知識論に潜む含意をくみ取るなら、それは実に刺激的な主張となる。まずそれは、必然的真理の存在を根拠にして生得説を確立しようとするライプニッツ流の議論に対する強い反論点となりうるだろう。」(『人格知識論の生成』52頁)
 さてここで、一ノ瀬氏は、ロックの議論の根底にある二つの重大な着想を指摘する。その第一は、「知識を獲得する主体は社会のなかで自らの責任を担える「人格」である」という点であり、第二は、「知識の獲得は社会制度へのある種の同意にほかならない」という点である。
 一ノ瀬氏は、第一の着想は、「知識は、究極的にはそれを獲得する者が全面的責任をもってなす、一種の跳躍としての同意・決定によって確立される」という論点によって確認されるとする。またこれは、「知識獲得のための努力探究や同意決定の行為は、実は何らかの言語体系や理論体系、そしてそれらを伝える教育制度との連動においてはじめて可能となる」ということによっても根拠づけることができるとする。
 第二の着想は、第一の着想を根拠づける第二の論点と連なりながら出てくるが、「知識獲得が必要条件としての社会的・制度的背景をまってはじめて可能である以上、知識が獲得されるときに、そうした社会的・制度的背景に対する何らかの意味での同意が、いわば自動的に、なされていることは全く疑いようがない」とされる。
 続けて一ノ瀬氏は問う。
「しかし、では知識の普遍性はどうなるのか。各人が各人の論理を勝手に作り上げてよいのだろうか。断じてそうではなかろう。ロックにおいてすべての知識は同時に、その知識を獲得する「人格」による社会制度への「暗黙の同意」を通じた社会的実践でもあるのだから、社会的な妥協や調和が当然求められて然るべきだからである。すなわち、論理形式や論理的必然性でさえ、原理的には、特定の言語と特定の文化やものの見方のなかで生きることを暗黙に受容したわれわれがそうした形式や必然性をそれとして受容し使用する、という二相の「同意」の実践へと帰着していくのである。こうした非常にドラスティックな捉え方をロック哲学は確かに指し示していた。ロックの着想に従う限り、知識論は必然的に社会論にならざるをえないのである。」(『人格知識論の生成』55〜6頁)
 この節の結びで、一ノ瀬氏はロックとライプニッツの対立について、次のように言及する。
「ロックの「タブラ−ラサ」に対して、ライプニッツは「石理のある大理石」(une pierre de marbre qui a des veines)の比喩を提出した。「タブラ−ラサ」を単に受動的に文字が書き込まれるだけの板と解し、そうした設定は知識論にとって不完全だと考えたからである。しかし、真相はそうではなかった。「タブラ−ラサ」とは、われわれがそこに文字を書き込むという積極的「行為」を指示する、「行為」の場の暗示だったのである。」(『人格知識論の生成』56頁)

v)性向と傾向性

 いよいよこの章の結論である。ここでは、これまでの論議を踏まえて、もう一度ライプニッツの説が検討される。
「しかしでは、ライプニッツの『新論』における論及は、ついにロックの議論の核心には届かず、それと並び立つ次元にまで達することはなかった、と言うべきなのだろうか。この点については、そう性急に断ずるべきではない。というのも、ライプニッツには、第一章で検討した形式説と潜在説以外に、もう一つ「性向」説と称すべき思索の方向があり、むしろそこにライプニッツ生得説の真髄が開示されているのではないかと考えられるからである。ライプニッツは、形式説や潜在説を述べた後、それは単に能力を持っているということにすぎないのではないか、という想定反論を示したうえで、次のように語った。
「使用せずにある事物を持っていることは、単にそれを獲得する能力を持っていることと同じなのだろうか。もしそうであるなら、われわれは現に享受している事物しか決して持たない、ということになろう。けれども、能力と対象以外に、能力が対象に働きかけるためには、しばしば何らかの性向(disposition)が、能力や対象のうちに、そしてこれら両者のうちになければならない、ということが知られている。」(『人間知性新論』1.1)
ここでライプニッツは、思惟の根源に思惟が存立するための何らかの「性向」があることが承認される、よって「性向」は生得的である、と主張しようとしている。これが性向説である。」(『人格知識論の生成』56〜7頁)
 しかしそれでは、対象とも能力とも違うけれども現実的である、という性格をもつ「性向」とはどのようなものであろうか。
「ライプニッツ生得説の核心をなす「性向」とは、無限なる全宇宙を表出する「モナド」というあり方での世界全体の既在あるいは先在をこそ意味していると、そのように押さえることができるのではなかろうか。実際そのように解するなら、「性向」こそが形式説や潜在説の成り立つ土壌を提供していることになる。しかるに、「性向」が世界全体の既在・先在であるなら、「性向」それ自身は、すべての事柄の根源をなすものとして、知識を語るときにもまさしく知識を語るということにおいて、すでに現実に与えられてしまっている。そうした、ぎりぎりの根拠を追い詰めていったときにのみはじめて姿を現すような、究極の局面、それがライプニッツのいう「性向」であり、彼の生得説のよって立つ基盤ではなかったか。」(『人格知識論の生成』58頁)
 それでは、この「性向説」をロックの説と比較するとどのようなことがいえるのだろうか。この部分は、この章全体の結論であると同時に、続く章での論議の展望ともなっている。最後にそれを引用してみよう。
「ここまで論ずるなら、実はロックとライプニッツの議論は、その最終的に見据える地平において、さほど異ならないことが判明する。ロックは、さきに触れたように、幸福の欲望と不幸の嫌悪という生得的実践原理を承認したが、それは結局、努力探究から同意決定を経て知識を成立せしめる「行為」をそれ自体ぎりぎりの局面から根拠づける根源的地平の確認であると解された。しかるにロックは、その原理を「傾向性」(inclination)とも言い換えていたのである(『人間知性論』1.3.3)。ロックとライプニッツの議論が同方向へ収斂していくことが、用語法からもはっきりと窺える。両哲学者は、少なくとも、知識の成立はその根底にすでに現に存している現実のあり方に根差している、という洞察において図らずも共通の地平を見届けていたのである。こうした根源的な地平は、まさしく根源的であるがゆえに、ロックの知識論を探るときにつねに心にとどめておかねばならない。かくして私にとって、こうして確認された根源的地平へと焦点するような仕方で、ロック哲学における「知識」の実践的成立の次第を一層綿密に辿りきること、それが課題となろう。」(『人格知識論の生成』58〜9頁)
(2005・4・26)

徘徊録 La Nomadologie

ジョン・ロックの生涯と思想

『自然法論』(ジョン・ロック)

ライプニッツの認識論と「無意識」について