マールブランシュに対するボシュエの懸念

〜アザール「ヨーロッパ精神の危機」から〜


L'inqietude de Bossuet sur Malebranche

 17世紀の新しい哲学説が、同時代の宗教界ではどのように受け止められていたかの実例として、以下、当時のフランスのカトリック思想界を代表する論者ボシュエのマールブランシュ学説、さらにはその背景にあると考えられていたデカルト哲学に対する懸念を、ポール・アザール著「ヨーロッパ精神の危機」La Crise de la Conscience europeene 1680-1715, 1935年(邦訳書=野沢協訳、法政大学出版局、1973年)から抜き出してみる。



 マールブランシュもボシュエの心配の種だった。その哲学の根底にも同じような考え方(引用者註記:スピノザと同じような考え方のこと)があったからである。1683年9月1日に行なったマリ=テレーズ・ドートリッシュの棺前演説で、彼は次のように叫んだ。「自分の思考の物差しで神のはかりごとを測定し、神がお作りになったのは或る一般的な秩序だけで、あとのものはそこからしかるべく展開される、などと言っている哲学者がおります。私はこの人たちを限りなく軽蔑します。これではまるで、神が私たち人間と同じように漠然とした不明瞭な目的しか持たないことになるではありませんか。至高の知性がその計画の内に個物を包含しなくてもいいことになるではありませんか。しかし、本当の意味で存在するのは個物だけなのです」(ヴィヴェス版全集、第11巻57ページ)マールブランシュ神父が謙虚な人でその意図が純粋であることはボシュエも認めた。しかし、にもかかわらずその弟子たちが異端の道をひたすら歩んでいることも知っていた。マールブランシュが言うことはおそろしく難解だが、その底をさぐってみると、この哲学による世界の説明からは超自然が追放されてしまうことがわかる。説明自体が「おそろしいほど不都合」な方法にもとづいていることがわかる。ーーそれはボシュエの作品の中でもっとも洞察に富む、著者の本領をもっとも見事に表した個所であろう。

 「こういう原理を誤解すると、もうひとつのおそるべき不都合が知らず知らずに精神をとらえてゆきます。なぜなら、明瞭に理解できることしか認めてはならないーー或る限度内ではまさにそのとおりですがーーと称して、人それぞれが<私にはこれは理解できるが、あれは理解できない>と言う自由を自分にあたえ、それだけの理由でなんでも好き勝手に承認したり拒否したりするようになるからです。明晰判明な観念のほかにも、不明瞭で漠然としていながらなおかつ基本的な真理を含んでおり、それを否定したらこの真理自体がくつがえってしまうような、そういう観念もあるということが忘れられてしまうのです。つまり、伝承などかまわず、思ったことをなんでも向こう見ずに主張する判断の自由が、明瞭に理解できることしか認めないという口実で徐々に導入されるのです…。」(マールブランシュの或る弟子へ。1687年5月21日「ボシュエ書簡集」、フランス大作家双書版、第三巻)

 マールブランシュはどこから出たのか。デカルトからである。デカルト哲学にみんな夢中になっていたあの時代に、自分も或る程度までデカルト派でありながら、ボシュエは反省し分析し区別し防戦した。デカルトの中には少なくとも三つのものがある。第一は無神論者や自由思想家(リベルタン)を叩くのに役に立つ論理である。第二は自然科学の理論だが、これは採用してもしなくてもいい。もともと宗教とは無関係だから、それ自体ではさほど重要なものではない。そして最後は、信仰をおびやかすひとつの原理である。
 「デカルト哲学の名のもとに、教会に対する大がかりな戦いが準備されている…ようです。デカルト哲学の内部から、その原理から、いや私に言わせればその原理に対する誤解から、ひとつならずの異端が生まれつつあるようです。祖先伝来の教義に反する帰結がそこから引き出されて、デカルト哲学がすっかり嫌われ者になり、教会は、哲学者たちの精神の内に魂の神性と不死をうちたてるためデカルト哲学から期待しえた実りをもことごとく失うことにならないでしょうか。どうもそういうことになりそうです。」(同およびユエへの手紙、1689年5月18日「ボシュエ書簡集」同版第四巻)
 もう少し掘り下げてみよう。デカルト哲学が最初はそれの単なる指数、のちにはそれを自ら強化したようなひとつの精神的態度があるのではないか。すべてがそこへ帰着するひとつの意志が、もっと広くもっと生活にとけこんだ形であるのではないか。それは権威に対する大がかりな服従拒否、「現代の病であり誘惑である」(ボシュエよりランセへ。1692年3月17日「ボシュエ書簡集」同版第五巻)打ち勝ちがたい批判の欲求ではあるまいか。人々が神の前にひざまずき、国王に服従を誓った時代は過ぎた。今や「精神的放縦」の時が来たのだ。この発見をボシュエは雄弁で飾り立てた。荘重な言葉で、次第に広がるこの精神状態を描いた。人々の意識を呑みつくそうとするこの精神のありかたに、文字どおり震えおののいていたのである。(「ヨーロッパ精神の危機」第二部第四章ボシュエの戦い、上掲邦訳書262〜4ページ)

 

「17世紀人物誌」〜ボシュエの項

マールブランシュの生涯と思想