近代知確立への歩み(17〜18世紀簡易年表)ーー思想の流れを中心に

年代 ヨーロッパ 日本 その他の地域
〜1600 英、スペインの無敵艦隊撃破(1588)
ネーデルランド共和国成立(1588)
フィレンツェで初のオペラ『ダフネ』(ペーリ作曲)を上演(1597)
ナント勅令発布、プロテスタントに信仰の自由認める(仏、1598)
東インド会社設立(英、1600)
ブルーノの火刑執行(1600)
本能寺の変、信長没(1582)
秀吉、関白となる(1585)
文禄の役、秀吉、朝鮮出兵(1592)
秀吉没(1598)
関ヶ原の戦い(1600)
宣教師マテオ・リッチ広東に上陸(中国、1582)
ムガル帝国の支配領域、カシミール、シンド、オリッサまで拡大(インド、1592)
1601〜10 東インド会社設立(蘭、02)
カンパネッラ『太陽の都』(02)
エリザベス女王没(英、03)
東インド会社設立(仏、04)
仏、蘭で新聞創刊(05)
ガリレイ屈折望遠鏡を発明(09)
ケプラー「天体の三法則」(09)
フランシス・ベーコン『学問の進歩』(09)
グロティウス『自由海論』(09)
京都・二条城の修築完成(02)
家康、征夷大将軍となる(03)
出雲お国、京で歌舞伎踊りを興業(03)
アクバル大帝没(インド、05)
英国、ヴァージニア植民地建設(北米、07)
仏、ケベックに植民地建設(北米、08)
1611〜20 ロマノフ王朝成立(露、13)
三部会が開かれ何らの成果なく散会、その後1789年まで開催なし(仏、14〜15)
ガリレイの宗教裁判(伊、16)
シェイクスピア没(16)
セルバンテス没(16)
ドルドレヒト宗教会議開催、アルミニウス派が異端とされる(蘭、18)
三十年戦争勃発(18〜48)
フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム』(20)
大坂夏の陣、豊臣氏滅亡(15)
幕府、武家諸法度、禁中並公家諸法度制定(15)
家康没(16)
後金建国(東アジア、16)
蘭、バダヴィア市建設(ジャワ、19)
英国ピューリタン、メイフラワー号でプリマスに渡る(北米、20)
1621〜30 グロティウス『戦争と平和の法』(25)
フランシス・ベーコン没(26)
権利の請願(英、28)
デカルト、オランダへ移住(28)
ケプラー没(30)
幕府、キリシタン55名を処刑(22)
江戸に猿若座立つ(24)
長崎で踏み絵始まる(29)
蘭、台湾を占領(24〜61)
モルッカ諸島でアンボイナ虐殺事件、蘭、英国勢力を駆逐(23)
1631〜40 アカデミー設立(仏、35)
デカルト『方法序説』(37)
長期議会始まる(英、40〜60)
ルーベンス没(40)
レーヴェンフック、顕微鏡を発明(40)
ヤンセニウスの遺作『アウグスティヌス』刊(40)
幕府、鎖国令制定(35)
幕府、武家諸法度を改定し、外様大名に参勤交代を命じる(35)
島原の乱(37)
タージマハール廟起工(インド、32)
後金、国号を清と改める(36)
英国、マドラスを開く(インド、39)
1641〜50 デカルト『省察』(41)
ファン・ダイク没(41)
クロムウェルの内乱(英、42〜49)
ガリレイ没(42)
モンテヴェルディ没(43)
デカルト『哲学原理』(44)
グロティウス没(45)
ウェストファリア条約締結、三十年戦争終わる(48)
中小貴族と民衆を中心に王権強化に反対するフロンドの乱起こる(仏、48〜53)
ピューリタン革命(英、49)
デカルト『情念論』(49)
デカルト没(50)
オランダ商館を平戸から長崎に移し、鎖国体制確立(41)
幕府、田畑永代売買を禁止(43)
慶安の御触書(49)
明、滅亡(中国、44)
1651〜60 航海条例制定(英、51)
ホップス『リヴァイアサン』(51)
第一次英蘭戦争(52〜54)
クロムウェル、護国卿となる(英、53)
ローマ法王、勅書でジャンセニスト(ヤンセン派)の5命題を断罪(53)
ガッサンディ没(55)
ローマ法王、53年の勅書を確認し、ジャンセニストを明確に断罪(56)
パスカル、ジャンセニスト擁護のため『プロヴァンシャル』執筆(56〜57)
クロムウェル没(英、58)
王政復古(英、60)
ベラスケス没(60)
ボイルの法則発見(60)
由井正雪事件(51)
江戸市中定書公布(55)
蘭、ケープ植民地創設(アフリカ、52)
蘭、セイロン占領(55)
清、海禁令を発布(中国、56)
1661〜70 デンマークの絶対王政開始(デンマーク、61)
ルイ14世の親政開始(仏、61)
アルノー&ニコル『ポール・ロワイヤル論理学』(62)
パスカル没(62)
ラ・ロシュフーコー『箴言集』(64)
ジョン・ロック、この頃までに『自然法論』執筆(64)
ミルトン『失楽園』(67)
ラフォンテーヌ『寓話』(68)
レンブラント没(69)
パスカル『パンセ』刊(70)
スピノザ、『神学・政治論』を匿名で刊(70)
蝦夷叛乱(69) 清、康煕帝即位(中国、61)
1671〜80 ニュートン、微積分法を発見(71)
モリエール没(73)
マールブランシュ『真理の探究』(74−5)
ボワロー『詩学』(74)
フェルメール没(75)
グリニッジ天文台設立(75)
ライプニッツ、スピノザを訪問。『エチカ』の草稿を示される(76)
スピノザ没。没後に『エチカ』刊(77)
ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』(78)
バニヤン『天路歴程』(78、84)
ホッブス没(79)
マールブランシュ『自然と恩寵についての論考』(80)
幕府、宗門人別改帳作製を命じる(71)
関孝和『発微算法』刊(74)
仏、ポンディシエリー取得(インド、72)
マラータ同盟成立(インド、74)
1681〜90 ジョン・ロック、オランダへ亡命(83)
トルコ軍、ウィーンを包囲(83)
アルノー、『真の観念と偽の観念について』でマールブランシュを批判(83)
コルネイユ没(84)
ライプニッツ、微積分法を発表(84)
ナント勅令廃止、プロテスタント信仰を禁止(仏、85)
ニュートン『自然哲学の数学的原理』刊行、万有引力を唱える(87)
リュリ没(87)
ペローとボワローが新旧論争(87)
名誉革命(英、88)
マールブランシュ『形而上学と宗教についての対話』(88)
ラ・ブリュイエール『人さまざま』(88)
ロック、新女王メアリの船に同乗して英国に戻る(89)
権利章典(英、89)
ロック、『統治二論』および『人間知性論』刊行(89)
マールブランシュ『自然と恩寵についての論考』がローマ法王庁から禁書に指定される(90)
生類憐み令初発(87)
芭蕉、『笈の小文』の旅に出る(87〜88)
渋川春海、江戸に天文台を設置(89)
芭蕉、『奥の細道』の旅に出る(89)
清、台湾平定(中国、83)
ネルチンスク条約(中国・露、89)
1691〜00 モリヌークスがロックに視覚認識について質問(英、93)
イングランド銀行創設(英、94)
パーセル没(95)
ピエール・ベール『歴史批評辞典』(96)
トーランド『神秘ならざるキリスト教』(96)
モランヴィル編『東方文庫』(97)
株式取引所創設(英、98)
ラシーヌ没(99)
フェヌロン『テレマックの冒険』(99)
北方戦争始まる(1700〜21)
ロックの『人間知性論』がピエール・コストによって仏訳され、これによって大陸に受け入れられる(1700)
ドライデン没(1700)
井原西鶴没(93)
松尾芭蕉没(94)
契沖、万葉集を講じる(96)
オスマン・トルコ、オーストリア、ポーランド、ヴェネツィアとカルロヴィッツ条約を締結し、ハンガリー、トランシルヴァニアなど割譲(99)
清、英国の広東貿易を許可(中国、99)
1701〜10 スペイン継承戦争(01〜13)
プロイセン王国創立(独、01)
聖ペテルスブルク建設(露、03)
ガランが『千夜一夜物語』の刊行開始(04)
ジョン・ロック没(04)
ニュートン『光学』(04)
ピエール・ベール没(06)
スコットランド併合(英、07)
マイセンで、欧州初の磁器焼成に成功(08)
ヴィーコ『学問の方法』(09)
ライプニッツ『弁神論』(10)
バークリー『人知原理論』(10)
赤穂浪士、吉良邸討ち入り(02)
『曾根崎心中』初演(03)
富士山噴火(07)
幕府、新井白石を登用(09)
青海、チベットで紛争、ラサ陥落(中国、05)
1711〜20 シャフツベリー『人間・風習・言論・時代の性格』(11)
ユトレヒト条約、スペイン継承戦争終わる(13)
ローマ法王、ジャンセニストを断罪する「ウニゲニトゥス(神のおん独り子)大勅書」発布(13)
ライプニッツ『モナドロジー(単子論)』執筆(14)
ルイ14世没。摂政オルレアン公の執政開始(仏、15)
マールブランシュ没(15)
ライプニッツ没(16)
ジョン・ローの金融システム開始(仏、16)
英仏蘭、三国同盟(17)
デフォー『ロビンソン漂流記』(19)
ジョン・ローの金融システム崩壊(仏、20)
貝原益軒「養生訓」(13)
「和漢三才図会」(13)
絵島事件(14)
「国姓爺合戦」初演(15)
新井白石「西洋紀聞」(15)
吉宗が将軍となり享保の改革始まる(16)
「康煕字典」完成(中国、16)
清、チベットを征服(20)
1721〜30 モンテスキュー『ペルシア人の手紙』(21)
ヴァトー没(21)
ウォルポールが首相となり責任内閣制始まる(英、21)
摂政オルレアン公没(仏、23)
ヘンデル歌劇『ジュリアス・シーザー』(24)
スウィフト『ガリヴァー旅行記』(26)
ヴォルテール、英国亡命(26)
ヴィヴァルディ『四季』(26)
ニュートン没(27)
バッハ『マタイ受難曲』(27)
マリヴォー『愛と偶然の戯れ』(30)
小石川養生所設置(22)
近松門左衛門没(24)
荻生徂徠没(28)
キャフタ条約(中国・露、27)
1731〜40 ポーランド継承戦争(33〜35)
モンテスキュー『ローマ人盛衰原因論』(34)
ヴォルテール『哲学書簡(英国便り)』(34)
デュ・ボス『フランス君主制確立の批評的歴史』(34)
リンネ『自然の体系』(35)
ヒューム『人性論』(39〜40)
オーストリア継承戦争(40〜48)
リチャードソン『パミラ』(40)
ロシアの探検船が近海に出没(39) サファヴィー朝滅亡(イラン、36)
1741〜50 ルソー、パリに出てコンディヤック、ディドロらと知り合う(仏、42)
ダランベール『動力学論』(43)
ヘンデル『メサイア』(43)
ポープ没(44)
コンディヤック『人間認識起源論』(46)
マブリ『ヨーロッパの公法』(46)
ラ・メトリ『人間機械論』(47)
モンテスキュー『法の精神』(48)
アーヘン和約、オーストリア継承戦争終わる(48)
プロイセン、フリードリヒ法典成立(独、49)
ディドロ『盲人に関する手紙』匿名で刊。その後、ヴァンセンヌに投獄される(49)
ビュフォン『博物誌』刊行開始(49)
コンディヤック『体系論』(49)
フィールディング『トム・ジョーンズ』(49)
ルソーの『学問芸術論』がディジョンのアカデミーの懸賞に入選(仏、50)
ヴォルテール、プロイセン訪問(50〜53)
バッハ没(50)
石田梅巖没(44)
「菅原伝授手習鑑」初演(46)
「仮名手本忠臣蔵」初演(48)
南インドでカーナティック戦争始まる(インド、44)
1751〜60 『百科全書』刊行開始(51)
マブリ『ローマ人考察』(51)
イタリア歌劇団がパリ訪問、これを機にイタリア派(ルソー、ディドロ等)とフランス派(ラモー等)が論争(52)
バークリー没(53)
モレリ『バジリアード』(53)
コンディヤック『感覚論』(54)
リスボンの大地震(55)
モンテスキュー没(55)
ルソー『人間不平等起源論』(55)
コンディヤック『動物論』(55)
モレリ『自然の法典』(55)
七年戦争(56〜63)
ルイ15世の暗殺未遂事件起こる。これを機に反王権的な思想への取り締まりが強化される(仏、57)
ダランベール、ヴォルテールを訪問し、親交を結ぶ。またヴォルテールに影響されて『百科全書』に「ジュネーヴ」の項を執筆するが、この項をきっかけにルソーとダランベール、ヴォルテールの間に反目が生じる(57)
フォントネル没(57)
エルヴェシウス『精神論』(58)
コンディヤック、パルマ王太子の傅育官となり、パルマに赴任(58)
ルソー、『演劇についてのダランベール氏への手紙』でダランベールを公然と批判(58)
ケネー『経済表』(58)
エルヴェシウス『精神論』の出版許可取消し(59)
『百科全書』の出版許可取消し(59)
ヴォルテール『カンディード』(59)
ヘンデル没(59)
スミス『道徳感情論』(59)r
「京鹿子娘道成寺」初演(53)
山脇東洋ら初の死体解剖(54)
安藤昌益「自然真営道」(55)
宝暦事件。幕府、公家17人を処罰(58)
賀茂真淵「万葉考」(60)
プラッシーの戦い、英国、フランス勢力を駆逐(インド、57)
1761〜70 パリソが戯曲『哲学者達』で、ディドロ、エルヴェシウス、ルソーを揶揄する(60)
ディドロ『ラモーの甥』執筆開始(61)
ルソー『新エロイーズ』(61)
イエズス会の解散が命じられる(仏、62)
カラス事件(仏、62)
ヴォルテール『寛容論』(62)
ルソー『社会契約論』『エミール』相次いで刊行。『エミール』がパリ大学に断罪され、ルソー亡命(62)
グルック『オルフェオとエウリディーチェ』(62)
パリ和平条約、七年戦争終わる(63)
マブリ『フォシオン対談』(63)
ベッカリア『犯罪と刑罰』(64)
ラモー没(64)
ワット、蒸気機関の改良(65)
レッシング『ラオコーン』(65)
『百科全書』刊行再開(65)
メルシエ・ド・ラ・リヴィエール『政治的社会の自然的本質的秩序』(67)
スターン『トリストラム・シャンディ』(67)
ランゲ『民法理論』(67)
列強の干渉でポーランドが混乱しバール連盟成立、第一次露土戦争(68)
マブリ『経済哲学者に提示する疑念』を刊行し重農派と論争(68)
クックの最初の航海(68〜71)
ディドロ『ダランベールの夢』執筆(69)
ニーダム『自然と宗教の自然学的・形而上学的新研究』(69)
アークライト紡績機(69)
ドルバック『自然の体系』(70)
レーナル『両インドにおけるヨーロッパ人の植民と貿易の哲学的・政治的歴史』でヨーロッパの植民地支配を批判(70)
ルソー、パリに戻る(仏、70)
「俳風柳多留」初篇刊行(65)
「雨月物語」成る(68)
賀茂真淵没(69)
パリ和平条約の結果、北米の仏植民地の大半が英領となる(北米、63)
ブクサールの戦いで英国、土着勢力を破る(インド、64)
英国、ベンガル、ビハール、オリッサの徴税・行政権を獲得(インド、65)
アユタヤ朝滅亡(タイ、67)
ボストンで暴動(北米、68)
1771〜80 ブーガンヴィル『世界周航記』(71)
第一次ポーランド分割(72)
『百科全書』完結(72)
ディドロ『ブーガンヴィル航海記補遺』執筆(72)
エルヴェシウスの遺作『人間論』刊(72)
ディドロ、ロシアのエカテリーナ2世を訪問(73)
ブガチョフの乱(露、73〜75)
ルイ15世没、ルイ16世即位。チュルゴー財政改革に着手(仏、74)
ゲーテ『若きウェルテルの悩み』(74)
グルック『アウリスのイフィゲニア』『オルフェオとエウリディーチェ』パリ版(74)
ヒューム没(76)
マブリ『立法論』(76)
コンディヤック『通商と政府』(76)
スミス『国富論』(76)
ギボン『ローマ帝国衰亡史』刊行開始(76)
ラヴォワジェ、新たな燃焼理論を確立(77)
ベックマン『工芸学提要』(78)
ルソー、ヴォルテール没(78)
モーツァルト、パリを訪問、同地で母を亡くす(78)
コンディヤック『論理学』刊、続いて『計算の言語』を執筆中に没(80)
田沼意次、老中となる(72)
「解体新書」刊(74)
平賀源内没(79)
塙保己一、「群書類従」の編纂に着手(79)
ボストン茶会事件(北米、73)
英国、ベンガル総督設置(インド、73)
独立戦争(北米、75)
独立宣言(北米、76)
仏、アメリカ合衆国を承認(78)
1781〜90 カント『純粋理性批判』(81)
シラー『群盗』(81)
マブリ『ポーランドの政府と法について』(81)
ラクロ『危険な関係』(82)
モンゴルフィエ兄弟、熱気球で飛行(83)
ボーマルシェ『フィガロの結婚』初演(84)
ディドロ没(84)
サミュエル・ジョンソン没(84)
マブリ『アメリカ合衆国の政府と法の考察』(84)
マブリ没(85)
カートライト力織機を発明(85)
モーツァルト歌劇『フィガロの結婚』初演(86)
シラー『ドン・カルロス』(87)
ベルナルダン・ド・サン=ピエール『ポールとヴィルジニー』(88)
モーツァルト、三大交響曲作曲(88)
ゲインズバラ没(88)
マブリ『市民の権利・義務について』刊行(89)
フランス革命。人権宣言発布(仏、89)
天明の大飢饉(83)
大槻玄沢「蘭学階梯」成る(83)
松平定信、老中となる。寛政の改革(87)
本居宣長「玉くしげ」(87)
三浦梅園没(89)
パリ条約で英国、アメリカ合衆国独立を承認(83)
英国、インド法制定、インドの支配を強化(84)
1791〜00 仏で立法議会開会(91)
サド侯爵『ジュスティーヌまたは美徳の不幸』(91)
モーツァルト没(91)
仏で王政廃止(92)
レイノルズ没(92)
第2次ポーランド分割(93)
第3次ポーランド分割。ポーランド解体(95)
ベートーヴェン、作品第1番、第2番出版(95)
サド侯爵『ジュリエット物語または悪徳の栄え』(97)
マルサス『人口論』(98)
ディドロ著作集初刊行、遺稿の一部が明らかとなる(98)
ナポレオン執政政府成立(仏、99)
山東京伝、手鎖の刑(91)
林子平「海国兵談」(91)
大黒屋幸太夫、ロシアから帰国(92)
江戸でおらんだ正月が祝われる(94)
本居宣長「古事記伝」(98)
伊能忠敬、蝦夷地を測量(1800)
ナポレオン、エジプト遠征(98)
1800〜 ナポレオン、皇帝となる(仏、1804)
ベートーヴェン、第三交響曲作曲(1804)
カント没(1804)
ディドロ『ラモーの甥』、ゲーテのドイツ語訳によりはじめて刊行(1805)
神聖ローマ帝国解体(1806)
ヘーゲル『精神現象学』(1807)
ナポレオン退位(仏、1814)
本居宣長没(1801)
華岡随賢、麻酔剤で乳癌を手術(1805)
フェートン号事件(1808)
フランス革命の影響で蘭船の長崎入港中断(1809〜17)
杉田玄白「蘭学事始」(1815)
英国、ムガル帝国を保護国とする(インド、1804)



近代知確立の先駆者たち