キケロ「国家について」
"De re publica" de Ciceron

【執筆の経緯】
 「「国家について」は、129年にスキーピオー(小アーフリカーヌス)を中心に行われた討論を再現する対話篇の形式で書かれている。129年前後は、グラックス兄弟を中心とする改革派と、これに対抗する保守派によって国民が二分され、国政が混乱のきわみに陥った時期であって、その状況は、キケローが「国家について」を執筆した50年代後半の、ポンペイウスとユーリウス・カエサルとがはげしく対立した時期の状況に酷似していた。キケローは、対話篇の舞台を129年のローマに設定し国家の意義と市民の使命を説くことによって、現在市民同士の対立と国家の混乱の抜本的解決が以前にまして切実に求められていることを訴え、積年の内紛によって切り裂かれた国家の再建と国民の再統一に向けてローマ市民を立ち上がらせようとしたのである。」(岡道男氏「「国家について」解説」、キケロー選集第8巻、岩波書店、1999年;引用者註記・文中の年号は西暦紀元前)

【内容】
 プラトンの同名の対話編の内容を意識した6巻構成。ただし現在その主要部分は失われ、断片としてしか残っていない。
 残された断片からは、原理的なものの探究を優先させるプラトンに対し、建国以来のローマの歴史を振り返ることで国家の原点を探り、本書執筆時の混乱の危機に対処することを訴えようとしていたことがうかがえる。
 また、断片中もっとも有名かつ美しいものは、マクロビウスに引かれた第6巻の最終部分「スキピオの夢」であろう。この部分では、地上における国家のあり方と宇宙における天体の運行のあり方が対比的に記され、「宇宙の調和」を語るものとして、後代の思想に多大な影響を及ぼした。

【18世紀思想界への主な影響】
・ガブリエル・ボノ・ド・マブリは、第3巻22のラエリウスの発言を「市民の権利・義務について」の緒言に引いた。
・ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、1771年に、第6巻にもとずいて「シピオーネの夢」(K.126)を作曲した。

 

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