コンディヤックとモリヌークス問題
| コンディヤックは、1746年に刊行された処女作「人間認識起源論」のなかで、ロック、バークリー以来のモリヌークス問題を取り上げ、ロック、バークリーとは逆の判断を示している。すなわち、「人間認識起源論」第一部第6章「魂が下していると根拠なく考えられてきたいくつかの判断について、あるいは形而上学における一つの問題の解決」のなかで、「開眼した先天盲は球体と立方体を区別しうる」としているのである(小場瀬卓三氏は、ディドロ「盲人に関する手紙」の解説のなかで、コンディヤックの見解は、ラ・メトリの「魂の自然誌」(1745年)に示唆されたものだと指摘している<ディドロ著作集第一巻、法政大学出版局、1976年>)。 この判断を、同書の邦訳者・古茂田宏氏は「経験論的立場と齟齬をきたし、むしろ、後のカントの言うア・プリオリな直観形式としての空間のごとき反経験論的主張と親和性を帯びることになる」とし、後に「感覚論」のなかで「この点に関してコンディヤックは自己批判し、バークリの触覚優位型の感官協同論に同調することになる」(岩波文庫版訳注、同書294ページ)と指摘している。こうした齟齬が生じたのは、この章ではモリヌークス問題と同時に「具体的な視覚像の成立に関して、視覚の中に無意識的な瞬間的判断の混入を認めるか否か」という問題をも扱っており、この問題に否定的に答えることに急なあまり、モリヌークス問題への解答が論理的整合性を失っているというのが古茂田氏の見解である。 それはそれとして、最初にモリヌークス問題が提示されてから約半世紀たち、問題が単に観念の所在や性質を問うものとしてだけではなく、実際の視覚の働きを問うというものに、より「身体化」されていることにも注目すべきであろう。すなわちコンディヤックは、立方体と球体の区別以前に、開眼したばかりの先天盲は「まだそこにはっきりとした観念を全く持てない」と指摘し、形象と観念を結びつける以前に、様々のものを識別すること自体にある習熟が必要なことを示唆している。解答そのものやその論理性とは別に、モリヌークス問題は、コンディヤックにおいて新たな展開を示しているといえよう。 なお、「人間認識起源論」からの引用は、古茂田宏氏訳の岩波文庫版上巻(岩波書店、1994年)による。 【コンディヤックの解答】 この盲人は、物体に触ったときに感じられる様々な感覚について反省することをとおして、延長や大きさといった観念を[開眼以前に]すでに獲得しているであろう。一本の棒を握ると、その棒のどの部分も同じ方向を向いていると感じられる。ここから、彼は直線の観念を引き出すのである。(中略)このようにして、彼は角度、立方体、球体といった様々な形の観念を獲得していく。延長[空間]について彼が持つ観念の起源は、このようなものである。しかし目が開いた瞬間から、この盲人が、自然全体にあふれる光と色の驚くべき混淆が生み出すこうした光景をただちに享受するであろうと考えてはならない。[この段階では]そうした光景は、彼がはじめて体験する[視覚という]新しい感覚の中に埋蔵されている宝物なのである。この宝物を発掘し、その真の喜びを彼に分からせることができるのは、ただ反省によってのみなのだ。我々が、非常に複雑な図柄の絵に視線を向け、その全体を[一挙に]眺めたとしよう。そのときには、我々はまだそこにはっきりとした観念を全く持てないであろう。しかるべき形でその絵を見るためには、はじめはこちら次はあちらという風に、その各部分を[順序だてて]眺めなければならない。はじめて光へと見開かれた目にとって、この世界は一体どんな[に複雑な]絵に見えることだろうか。 次に、この人が自分の目を刺激するものについて反省できるようになった段階を検討してみよう。そのとき、彼の目の前に広がる世界が一つの点のようなものではないということは確実である。それゆえ、彼は長さとか広さとか深さといった、ある延長[空間]を知覚しているということになる。さて、この延長を彼が分析してみたとしよう。そうすれば、彼はそこから面、線、点、およびあらゆる形の観念を作り出すことになるだろう。この[視覚的]観念は、触ることをとおしてすでに彼が獲得していた観念と相似たものであるだろう。なぜならば、延長が我々に認識されるのがどのような感官をとおしてであれ、それが全く異なる二つの仕方で表象されるということはありえないからである。ここに一つの輪と一本の物差しがあって、それらを私が見、あるいは触るとしよう。そうすれば必ず、一方の観念は曲線を提示し、もう一方の観念は直線を提示するのである。それゆえ、[この段階に至れば]先天盲であったこの人も、見ただけで球体を立方体から区別しうるはずである。なぜなら彼は、触ることによって得たのと同じ観念を、視覚像のうちに再認するだろうからである。(上掲書、243〜4ページ) |
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この問題の全貌に関しては、「ビュフォンの「博物誌」とモリヌークス問題」のページ参照
「モリヌークス問題」(感覚と認識について)
ディドロとモリヌークス問題
コンディヤックの生涯と思想