グロティウス「戦争と平和の法」ーー内容目次:その1
〜"De iure belli ac pacis" de Grotius 1〜
| 1621年にフランスに亡命したグロティウスは、フランス国王ルイ13世の庇護のもと、1625年に主著「戦争と平和の法」を公刊した。この著作は、同時代において、またそれ以後の時代のヨーロッパにおいて、戦争と平和に関する法や諸権利を考察する際の原点となり、グロティウスに「国際法の父」という位置づけを与えることになった画期的な著作であることはいうまでもない。しかしそこでは、単に戦争状態における法について論究されているだけでなく、平和時における法や権利が、一国法の枠組みを超えた普遍的なものとして考察の対象となっている。「戦争と平和の法」が、単に戦争や講和の法を考えるために役立つというだけではなく、近代自然法概念の成立を探るうえで書くことのできない著作とされている理由はこの点に存する。 以上のような観点に鑑み、このページでは、グロティウスの法思想を知る手がかりとして、一又正雄氏訳の「戦争と平和の法」(厳松堂、1949−51年;1996年に酒井書店から復刻版刊行)からその内容目次を引用・紹介する。引用に際しては、正字を当用漢字に、仮名づかいを現代仮名づかいに改めた。原著の傍点は省略した。明らかな誤植と考えられる個所は、特にことわりなく訂正した。 なお、グロティウス自身が序言のなかに記した各巻の内容・構成は次のとおり。 第一巻では、法の淵源について予備的な考察を行った後に、何等か正しき戦争なるものが存するや否やの一般的問題を検討し、次に公戦と私戦とを区別するために、最高支配権(vis summi imperii)とは何か、いかなる人民がかかる最高支配権を有するか、いかなる王が完全なる最高支配権を有するか、何人が部分的なる最高支配権を有するか、何人が譲渡権と共にこれを有するか、何人がその他の方法にてこれを有するかを、更に従属者(subditum)の上位者に対する義務をも考察している。 第二巻では、戦争の生じ得る一切の原因を究明するために、次の諸点を充分説明しようと企てた、即ち、いかなるものが共通的なものであるか、いかなるものが個別的に所有せられるものであるか、人は人に対していかなる権利(jus)を有するか、所有権(dominium)からいかなる義務が発生するか、王位継承の規則はいかなるものか、約定(pactum)または契約(contractus)からいかなる権利が生ずるか、同盟条約の効力および時に私的、時に公的なる宣誓の効力はいかなるものか、且つこれらをいかに解釈するか、与えたる損害に対していかなる賠償がなされるか、使節の不可侵性はいかなるものか、死者の埋葬権はいかなるものか、刑罰の性質如何、というようなことが扱われる。 第三巻の主題目は、第一に、戦争において、いかなることが許容されるか、ということであって、次いで、罰せられざる行為、或は外国人によっても合法的なりとせられる行為と、過失を問われない行為とを区別した後に、諸種の講和、及び戦争に関係ある一切の慣例(conventio)に進む。 |
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| 献 辞 |
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| 序 言(プロレゴメナ) 1.万民法 2.反対論の排除 3.著作の目的 4.本著作の内容および順序 5.著作の必要 6.著者の配慮および著書の援用 7.著作全体における構成および順序に対する配慮、ならびに明確なる論拠 |
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| 第一巻 | |
| 第1章 戦争とは何か、法とは何か | |
| 1本著作の順序、2戦争の定義およびその語源、3法は行為の属性として考えられ、而して平等者間の法と不平等者間の法とに分けられる、4人の資格に関する法は権能と適性とに分けられる、5「権能」或は厳格なる意味における権利は権力、所有権および債権に分けられる、6権能の他の区別、即ち私権および公権、7適性とは何か、8補充的正義と属性的正義について、これが幾何学および算術的比例によっては適当に区別されぬこと。また後者は共通のものとは関係なく、前者は個人のものとは関係なきこと、9法は規範なりと定義され、自然法と意思法とに分けられる、10自然法の定義、分類、および本来的なる意味にあらざるものとの区別、11他の動物に共通なる本能、もしくは人間に特有の本能は、他の種類の法を構成しないこと、12自然法はいかに証明されるか、13意思法の区分ーー人意法と神意法、14人意法は国民法、国民法より範囲の狭き法、および国民法より範囲の広き法、即ち万民法に分けられる、その説明および証明、15神意法は、普遍的なる法と、単一の人民に固有の法とに分けられる、16ヘブライ人の法規は他の民族を拘束せず、17キリスト教徒はヘブライの法規より、いかなる証明を抽出し得るか、またいかにしてこれを抽出し得るか |
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| 第2章 戦争を行うことは、いかなる場合に正しきか | |
| 1戦争が自然法に反せざることは、多くの根拠によって証明される、2戦争が自然法に反せざることは、歴史によって証明される、3戦争が自然法に反せざることは、合意によって証明される、4戦争が万民法に反せざることの証明、5戦争は、福音書時代の前においても、神意法に反しなかったという証明と、その反対に対する回答、6戦争は福音書の法に反するや否やの問題についての予備的考察、7[戦争は福音書の法に反せずとの]否定的見解を聖書によって支持する議論、8[戦争は福音書の法に反するとの]肯定的見解を聖書より行う議論の解決、9本問題に関する初期キリスト教徒の一致せる見解の検討ーー訓戒によるよりも、むしろ個人の見解による否定論の排除、10肯定論は教会の公の権威、合意および時代の慣習によって確認される |
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| 第3章 公戦と私戦の区別、主権の説明 |
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| 1公戦と私戦の区分、2自然法に従えば、裁判所の設置後も、すべての私戦が不法であるとは限らぬとの主張の擁護およびその例証、3私戦はある場合には、福音書の法によってすら合法的なりとの主張の擁護、ならびにその反対論の論駁、4正式の公戦と、より正式ならざる公戦との区別、5主権を有せざる長官の権威によって行われる公戦はあるか否か、またあればいかなる時か、6国家権力とはいかなるものか、7主権とは何か、8主権は常に人民に存すとの意見の排斥、およびその論議の解決、9王と人民との間には常に相互的従属関係が存するとの議論に対する論駁、10真実なる意見に対する正しき理解のために為すべき注意、第一、意義において相異なる類似語の区別も11第二、権利の保有の態様による権利の区別、12ある主権は完全に、即ち、譲渡せられ得る如く保有される、13ある場合は、主権は完全に保有されぬ、14ある場合は、主権ならざる権利が完全に、即ち、譲渡せられ得る如く保有せられる、15上述の区別は、王国における摂政任命の様式の相違からも確認される、16主権は自然法および神意法の範囲に属せざるものの約束によってすら制限されぬ、17主権は時に人的部分と権力的部分に分れる、18しかし、王が、ある集会の承認がなければ、そのある行為を有効となすことを欲せざる場合に、権力の分割が生ずると推論することは誤である、19これに関する他の例も誤である、20正しき例、21不平等同盟条約によって拘束されるものも、主権を保有し得る、これに対する論駁の解決、22納貢者も主権を保有し得る、23封建法によって拘束されるものも主権を保有し得る、24権利と権利の行使の区別、およびその例 |
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| 第4章 従属者の優位者に対する戦争 | |
| 1問題の地位、2優位者(としての優位者)に対する戦争は、自然法によれば許されない、3それはヘブライの法によっても許されない、4それは福音書の法によっても許されない、その証拠は聖書に存する、5それは初期キリスト教徒の慣行によっても許されない、6下位の長官が主権者に対して戦争を行うことが許されるとの見解に対する議論および聖書による論駁、7最も極端にして、時に不可避なる必要の存する場合はいかに考うべきか、8自由人民の首班に対しては戦争を行い得る、9支配権を譲渡したる王に対しても戦争を行い得る、10王権を譲渡したる王に対しても、単に譲渡を防止する限りにおいて、戦争を行い得る、11公然全人民に対して敵対する王に対しても戦争を行い得る、12委任状の結果王権を失える王に対しても戦争を行い得る、13王が支配権の一部を保有する場合、保有せざる部分を保有せんとする王に対しても戦争を行い得る、14特定の場合において、反抗の自由が保留されたる場合は、王に対しても戦争を行い得る、15主権の簒奪者に対しては、いかほどまで服従すべきか、16他の支配権を簒奪したる者に対しては、なお継続する戦争権によって、強力をもって反抗し得る、17他の支配権を簒奪したる者に対しては、既存の法規によっても強力をもって反抗し得る、18他の支配権を簒奪したる者に対しては、主権を有するものの委任によって、強力をもって反抗し得る、19以上の場合以外に簒奪者に対する反抗が許されぬ理由、20主権が争われている場合は、私人は裁判官となってはならぬ |
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| 第5章 いかなるものが合法的に戦争を行い得るか | |
| 1戦争を行う要因は、一部は、本人として自己のために戦争を行うものである、2戦争を行う要因は、一部は、代行者として、他人のために戦争を行うものである、3戦争を行う要因は、一部は、家僕および臣民として、即ち、手段として戦争を行うものである、4自然法は、何人が戦争に参加することをも禁じていない |
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