| エルンスト・カッシーラー(1874年−1945年)は、『啓蒙主義の哲学』(1932年、邦訳;中野好之、紀伊國屋書店、1962年)のなかで、以下のようにかなり批判的にエルヴェシウスの思想を紹介している。カッシーラーの批判の妥当性はともかく、そのエルヴェシウス思想の紹介にはかなり的確な部分もあると考えるので、以下に掲げておく。 * * * 「あらゆる心理的現実を単純な感覚・知覚の変形、その単なる変成として把握しようとしたコンディヤックの試みは、その後、エルヴェシウスの手によってその著作『精神論 De l'esprit』のうちに引きつがれた。このつまらぬ非独創的な著作が18世紀の哲学的文献に及ぼした影響は、この時代がここに自らの基本的大綱の簡潔な規定を、否そのパロディ風な誇張を発見したという事情にもとづいている。そしてこの思惟方式の方法的限界とその危険性はこの誇張のうちにはっきりと現われてきた。この限界とは、それが人間意識の生き生きとした豊かな内容を根抵から否認し去り、それを単なる仮面、単なる仮装とみなそうとする平板化の手続に存する。分析的思惟は心理的内容からこの仮面をはぎとり、こうすることによってそれは心理的現実が見かけ上の多様な区分や内的差別にもかかわらず実際にはむき出しの単一性と同種性をもつことを暴露する。形状および価値の差異は消滅し、その結果この多様性が空しい幻影であったことが立証される。今や心理的現象の内部では「下位」とか「上位」とか、「高級」とか「低級」とかいうような区別は存在しない。あらゆるものは価値と効力において無差別であり、同一平面に属する。エルヴェシウスはこの考察をとりわけ倫理学の領域で展開した。因習が作り上げそして入念に維持しようと努力しているこれらの人為的区別だてを一掃することが彼の主要な意図であった。伝統的な倫理学が「道徳」感覚という特殊な部類があると説いたり、また人間のうちにある感覚的で利己的な衝動を制御し抑圧すべき根源的な「思いやりの感情」があると信じたような場合には、必ずエルヴェシウスはこの種の「仮説」が人間の感情や行為に関する単純な事実のまえにどれほど不正確なものかということを示そうとした。」(上掲訳書第一章「啓蒙主義時代の思惟形式」30-31頁) 「エルヴェシウスによれば、倫理的価値になんら根本的な差異が存在しないのとまったく同様に、理論的形式の真に根本的な相違もまた存在しない。すべてのものは唯一無差別な感覚という集合へ合流する。われわれが判断とか認識、想像力とか記憶、悟性とか理性と名づけるものは、すべて精神に固有な本来的・根源的な機能ではない。ここにおいてもわれわれはやはり同じような仮装を見出すだけである。」(上掲訳書第一章「啓蒙主義時代の思惟形式」31-32頁) 以上の要約・紹介のあとで、カッシーラーはエルヴェシウスを次のように位置づけている。 「われわれがもしもエルヴェシウスのこのような基本的立場を、従来の多くの例のように啓蒙主義哲学の典型的な内容であると考えるならばそれは誤りであろうし、またそれをフランスの百科全書派の思惟方式の典型だと考えることさえも同じような誤りである。なぜならばエルヴェシウスの著作の厳格な徹底的批判は他ならぬこの学派の内部で行なわれたからであり、たとえばチュルゴーやディドローのようなフランス哲学の最もすぐれた思想家のあいだでこの批判が開始されたからである。」(上掲訳書第一章「啓蒙主義時代の思惟形式」32頁) また、本書の最終章である第七章「美学の基本概念」のなかで18世紀ドイツにおける天才崇拝を論じる際に、カッシーラーはアルフレート・ボイムラーの著作『Kants Kritik der Urteilskraft, ihre Geschichte und Systematik』(1923年)を批判しながら、註のなかで、次のように再度エルヴェシウス思想に言及している。 「「イギリスの影響がドイツにおいてはっきり意識されるようになるよりずっと以前から、天才の概念はヴォルフ学派の内部ではなじみ深い話題になっていた。もしも外国からの影響がそこでなんらかの役割を演じたとすれば、それはイギリスでなくてフランスの影響であった。エルヴェシウスの『精神論 De l'esprit』(1759年)は18世紀後半に最も広く読まれ引用された書物であった。この本のなかには「精神はわれわれの思想を創造的に生産する能力である」という定義と「天才は常に発明を前提とする」という命題が含まれている」とボイムラーは強調する(162頁)。だがもしも本当にエルヴェシウスの本がこのような歴史的影響をおよぼしたというのなら、それは体系的な意味からはほとんど奇蹟に等しいことであろう。なんとなればわれわれがエルヴェシウスによる天才概念の説明を単に字義通りうのみにするのでなくて彼の著作全体の意味を考慮に入れるならば、エルヴェシウスの『天才論』は天才崇拝の運動の根本的な思想やその論理的・歴史的前提に対しこれと真正面から対立するものであることが直ちに知れるからである。エルヴェシウスの著作は徹底的な感覚論にもとづいている。そしてそれはこの感覚論の立場をその極点までおしすすめ、感覚の範囲を超越するなんらかの「高級」な精神的能力の想定はすべて悟性の迷妄と自己瞞着に他ならない、とまで主張したのである。これらのいわゆる高級な精神的能力はすべて否認され、すべては一切の精神的機能の根元的要素である単純な感覚に還元されねばならない。思惟の固有な自発性と意志の自立性を破壊するこのような感覚論的平準化を、エルヴェシウスは18世紀のどの思想家にもまして徹底的に遂行した。そして他ならぬこの点ゆえに彼の著作はフランスにおいてさえ、否彼の最も近しい仲間のあいだにおいてさえ反対を受けたのである。だからこの著作がドイツの天才崇拝の運動に影響をおよぼしてイギリスの手本以上に強くそれを決定づけたということはますます理解しえぬことである。なんとなればこの天才運動の発展が始めて可能となったのは、他ならぬエルヴェシウスの著作がもとづいているあらゆる理論的原則とそれがきっぱり袂を分ったからに他ならなかったからである。もとよりエルヴェシウスは天才を「発明の能力 invention」によって説明する。だが彼はくりかえしくりかえし、人間は本来的な、真に自発的で独創的な発明の才などをもたないのであり、われわれが普通発明といっているものは単に与えられた要素を組合せ選択し巧みに結びつけることに他ならぬと強調する。このような結合はたしかに外観は新しいものを作り出すかもしれないが、真の新しさは断じてここからは生まれない。なんとなればこのようにして作られたものは、結局あらかじめ感覚の中において与えられたものの単なる変装か変形以外の何物でもないからである。このようなエルヴェシウスの天才観は、ドイツの「天才崇拝の運動」に現われた理念と要請に対して最も対照的なもの、その完全な反対物であるということが今や明らかであろう。(以下省略)」(上掲訳書第七章「美学の基本問題」原註36、471-2頁) カッシーラーによれば、ドイツの美学思想は、シャフツベリー(イギリスの手本)の影響のもとレッシング、ヘルダーによってその基礎が築かれ、カントによって大成されるというものであり、その観点からすると、18世紀当時エルヴェシウスの著作がどれだけ読まれていたかはさておき、その思想は否定的にしか評価できないということであろう。もっともこのあたりは、そもそも感覚論に対するカッシーラーの否定的評価と結びつきそれと一体となっていたといえなくもないとおもう。 |