| 第一講 精神そのもの 第3章 無知について 情念によって導かれ、対象の一面だけにすべての注意を固定し、この唯一の面だけで対象全体を判断しようとするとき、われわれは誤る。またある話題について判断する際に、この類における決定の公正さは事実の比較に依拠しているにもかかわらず、記憶がすべての事実で充たされていない場合にもわれわれは誤る。それは各人が公正な精神をもっていないからではない。各人は、自分が見ているものをよく見ている。しかし、自分の無知を十分警戒するものは誰もおらず、ある対象のうちに見ているものはそこに見ることができるすべてであると、人はあまりにも簡単に信じてしまうのである。 少し難しい問題においては、無知は、われわれの誤謬の主因と見なされなくてはならない。この場合、自分自身で空想をつくり出すのがどれほど容易であるか、そしてまた、原則からつねに正しい帰結を導き出しているにもかかわらず、いかにして人間は完全に矛盾した結果に至るかを知るために、少し複雑な問題を例に選ぶことにしよう。それは贅沢という問題である。これに関しては、どのような側面から考察したかに応じて、人は非常に異なった判断を行ってきた。 「贅沢 luxe」という言葉は漠然としているので、よく定義されたいかなる意味ももっておらず、また通常は相対的な表現に過ぎない。そこでまず、厳密な意味で捉えられた「贅沢」という言葉に鮮明な観念を結びつけなくてはならない。そして次に、民族との関係ならびに個人との関係によって考察された贅沢の定義を行わなくてはならない。 厳密な意味において、人は「贅沢」をすべての種類の過剰、すなわち人間の生存に絶対必要とは限らないものすべてと理解するに相違ない。しかし開化された人民およびそうした人民を構成する個人が問題となるとき、「贅沢」という言葉はまったく別の意味をもつ。完全に相対的となるのである。開化された民族の贅沢とは、富の使用である。この民族と比較される人民はその富を過剰と名付けている。<スイスと比較したときの英国がこの事例にあたる。> 同様に、個人における贅沢も富の使用である。人は、個人が国家のなかで占めている地位と彼が生活している地方を考慮したうえで、その富を過剰と呼ぶに相違ない。ブールヴァレの贅沢はそのようなものであった。 定義はこのくらいにして、ある人々が贅沢は有用であると見なし他の人々が国家にとって有害である見なしたとき、諸民族の贅沢を人がどのように異なった側面から考察したのかみてみるとしよう。 前者は贅沢が生み出し、またそこで外国人がある民族の勤労と自分たちの財宝を熱心に交換する手工業に眼差しを注いだ。彼らは、富の増加が次に贅沢の増加と贅沢を満足させるのにかなった技芸の完全化を引き起こすのを見た。彼らには、贅沢な世紀は国家が偉大であり力がある時代であるとおもわれた。彼らは言う。贅沢が仮定しまた引き寄せる大量の金銭は、民族を国内では幸せに、国外では疑わしいものにする。大量の軍兵を雇い、倉庫を建て、兵器庫を整え、契約し、大君主と盟約をかわし、さらにはある民族が、より人口が多くそれゆえ実際にはその民族よりも力のある人民に対して抵抗できるだけでなく、命令することさえできるのは、金銭による。もし国外において贅沢はある国家を疑わしいものにするとしても、国内ではなんという至福をもたらすことだろうか。贅沢は習俗をやわらげる。新しい楽しみを創造し、それによって無数の働き手の生活を保証する。人類の病いのなかでも最も普遍的であり残酷なものの一つと見なさなくてはならない無為、倦怠から人間を引き離す有益な欲をそそる。 贅沢はあらゆるところに生き生きとした熱を広め、すべての国民の生活を循環させ、国家を産業に目覚めさせ、港を開かせ、そこに船舶を呼び寄せ、それらを大洋に導き、しまいには、吝嗇な自然が海の淵、大地の深淵に閉じ込めているか、幾千もの異なった風土に散らばらせている生産物と富を、すべての人間に共通のものとさせる。私がおもうに、贅沢は国家にとって有益であると見なしている人々の見解は、ほぼ以上のとおりである。 今度は、贅沢は諸民族にとって致命的だと見なしている哲学者たちにそれが供する様相を吟味してみよう。 人民の幸福は、国内において彼らが享受している至福ならびに国外に引きおこす尊敬に依存する。 これらの哲学者たちは言うであろう。最初の対象に関して言えば、それが国家に引き寄せる贅沢と富は、もし富が平等に分配され、貧しさが禁ずる便宜を各人が手にすることができるならば、臣民を幸福にするとわれわれは考える、と。 それゆえ贅沢は、それ自体として有害ではない。単に、市民間の富の大きな不均衡の結果として有害なのである。なんとなれば、贅沢は、富の分配が過度に不平等でないときにはけして極端ではないからである。贅沢は、富が少数者の手に集まるにしたがって昂進する。それは、民族が過剰を享受するものと必要物を欠くものとの二つの階層に分裂するとき、ついに最終段階にいたる。 いったんこの点に達すると、ある民族の国家は不治というよりむしろ痛ましい。そうなるといったいどのようにして、市民の財産になんらかの平等を再びもたらすのだろうか?金持ちは大領地を購入するであろう。隣人たちの混乱を利用して、たちまちのうちに無数の小さな土地を領地に併合するであろう。多数の土地所有者が消え、日雇いが増えるであろう。工作物よりも職人の方が多いというほどまで日雇い人が増えると、日雇い人はあらゆる種類の商売を始めるであろう。しかし商売が広まると、その価値は失われる。そのうえさらに、富んでいるというよりはむしろ贅沢な金持ちは日雇い賃を下げ、日雇い人に生活にほんとうに必要な賃金しか払わないことに意をそそぐ。日雇い人はやむなくそれで満足する。しかし不意になんらかの病いにおそわれたり家族が増えたりすると、健康的で豊富な食事の欠如から衰弱して死んでしまい、国家に乞食の一家を残す。こうした不幸を予防するには、新たな土地の分配の力を借りることが必要であろう。しかし土地の分配はつねに不公平であり実行不可能である。それゆえ贅沢がある段階に達すると、市民の財産にいかなる平等も回復させることができないのは明白である。そのときには、金持ちも富も、快楽と贅沢な技芸が招く首都に集中する。他方、田舎は耕されず貧しいままである。七百万から八百万の人間が悲惨のなかで苦しむ。五千から六千人が、彼らを幸せにするどころか憎むべきものにする富裕のなかで生活する。 実際のところ、多少とも大きな食卓の卓越は、人間の幸福になにを付け加えることができるであろうか?厭うべからざるすべての料理をおいしいとおもうためには、空腹を待ち、鍛錬や散歩の長さを料理人の悪趣味に均衡させることが必要ではないだろうか?しかも、粗食と鍛錬は、美食によって刺激された大食いが引き起こすすべての病いから逃れさせてくれるのではないだろうか?それゆえ、幸福は食卓の卓越には依存しない。 そのうえさらに、幸福は、衣服や馬車の壮麗さにも依存しない。刺繍付きの服を着、輝かしい二輪馬車に引かれて公衆の面前にあらわれるとき、人は、唯一の真の喜びである身体的喜びを感じない。せいぜいのところ、それを欠くことにはおそらく耐えられないが味わってみるとまずい虚栄の喜びに充たされる。幸福を増すどころか贅沢を見せびらかして、金持ちは人間性と不幸な者を害することしかしない。不幸な者は、富裕な着物と悲惨なぼろ着を比べながら、金持ちの幸福と彼の幸福のあいだには衣服以上の違いはないと考え、またそれをきっかけにして彼が耐えている苦痛の痛ましい記憶をおもい浮かべ、かくて、不運な者の唯一のなぐさめである悲惨の束の間の忘却を奪われていると見なす。 哲学者たちは続ける。贅沢がいかなる者の幸福も生み出さないのは確かであり、また、市民間の度を超えた不平等を想像してみれば、贅沢は最大限の市民の不幸を推測させるのが確かである。それゆえ、贅沢が入り込んだ人民は、国内において幸福ではない、と。今度は、その人民が国外においては尊敬されるべきかみてみよう。 贅沢が国家に引き寄せる金銭の豊富さは、想像力を圧倒する。この国家は、しばらくの間は力のある国家である。しかしこの優越は(市民の幸福とは無関係ななんらかの優越が存在しうると仮定してのことであるが)、ヒューム氏が指摘するように束の間に過ぎない。絶えることなく幾千もの浜辺を抛棄したり覆ってしまう海とほとんど同じように、富は、絶えることなく幾千もの風土を駆けめぐる。手工芸品の美しさと贅沢な技芸の完全さによってある国民が近隣の人民の金銭を引き寄せると、貧しい人民の国家では、必然的に商品価格と手間賃が低下する。この人民は、金持ちの民族から手工芸職人や働き手を引き抜き、その民族が彼らに供給した商売をより安く補給して、彼らなりにその民族を貧しくすることができる。ところで、贅沢に慣れた国家で金銭の欠乏が感じられるやいなや、その民族は軽蔑される。 それから逃れるためには、簡素な生活に親しむこと、法ならびに慣習がそれを拒むことが必要であろう。なぜならば、ある民族にとってもっとも贅沢な時代は、通常、没落と悪化にもっとも近い時代だからである。贅沢が民族に伝える見た目の至福と力は、多少は続くであろう。それらは、伝染しだすときにはむさぼり食う病人に信じられないような活力をもたらすが、人間の活力を昂進させるのは接触の最後にその活力や生命を奪うためだけに過ぎない激しい熱病に比較できる。 同じ哲学者たちは言う。この真理を確信するために、なにがある民族を真に隣人に尊敬されるものにするか探してみよう。異議なしにそれは、市民の数と生気であり、祖国への彼らの結びつきであり、結局は、彼らの勇気と美徳である、と。 市民の数に関しては、贅沢な地方が最も人口が多くはないということ、開墾されている土地の広さで比較すると、スイスは、スペイン、フランスそしてさらには英国よりも多数の住民がいることが知られている。 後であげた国々においては、大規模な商業が必然的に引き起こす人間の消費だけが人口減少の唯一の原因ではない。贅沢が他の数多くの原因を生み出している。なぜならば、贅沢は富を首都に引き寄せ、地方を欠乏にうちやり、恣意的な権力に、またそれゆえ報償金の増加には好都合であるが、しまいには、富裕な民族に対し、人民に重い税金を課することなしには次に返済できない負債の契約を容易にするからである。 ところで人口減少のこうしたさまざまな原因は、すべての地方を悲惨にしずめながら、必然的に、人民の身体を弱くする。贅沢に浸った人民は、けして強健ではない。その市民のうち、ある者は遊惰によって無気力であり、別の者は必要によって衰弱している。 フォラール騎士が注目しているように、この点に関しては粗野もしくは貧しい人民の方が贅沢に身を委ねた人民よりも非常に優越しているとすれば、それはしばしば、富裕な民族におけるよりも貧しい民族においての方が、耕作者が富んでいるからであり、こうしたわけで、スイスの農民はフランスの農民より楽に暮らしている。 人民の身体を強健にするには、簡素でありながら健康的で十分に満ち足りた食事、過度ではないが強い鍛錬、季節の悪天候に耐える大いなる習慣、農民が身につけている習慣が必要である。こうした理由によって、農民は、その大半が座ったままの生活に慣れている手工業者よりも戦争の疲労を堪え忍ぶのにはるかに向いている。大国家の運命を変える疲れを知らない軍隊が形成されるのもまた、貧しい民族においてである。 贅沢と遊惰に身を委ねた地方は、こうした民族に対してどのような城塞で抗するであろうか?彼らを住民の数や力によって威圧することはできない。祖国との結びつきは市民の数や力を補うことができると、人は言うであろう。しかしこれらの地方においては、徳に満ちた祖国愛を誰が生み出すのであろうか?彼らだけで各民族の三分の二を構成する農民階級は、不幸である。職人は何も所有していない。生まれた村から工場や仕事場に移動させられ、さらにはあちらこちらの仕事場をたらい回しにされ、職人には移住の観念がしみついている。彼はいかなる場所との結びつきも身につけることができない。ほとんどいたるところで生活を保証されるので、彼は、自分は特定の地方の市民ではなく、世界市民であると見なすに違いない。 それゆえこうした人民は、勇気によって長期間目立つことはできない。なぜならばある人民において、勇気とは、通常、身体の力強さ、すなわち自分が身をさらしている危険の大半を隠す力への盲目的な信頼の結果であるか、もしくは危険を軽蔑させる激しい祖国愛の結果であるからである。しかし贅沢は、勇気のこの二つのみなもとを、奥底から涸らしてしまう。もしわれわれがいまだに人々が奴隷にされ、都市が略奪される野蛮な世紀に生きていたとしたら、おそらく、貪欲が第三のみなもとを開くであろう。しかし今や、この動機によって兵士が駆り立てられることはけしてなく、彼は、人が名誉と呼ぶものによって兵士となるだけである。ところで、富への愛に火がつくとき、人民の名誉欲は冷却する<消える>。富める民族が幸福と快楽において得るものは美徳と勇気において失うものより少ないと言っても無駄であろう。スパルタ人は、それでもなおペルシア人より幸福であった。なんらかの物品の下賜によって勇気を報いられた初期のローマ人たちは、クラッススの運命をけして嫉まなかったであろう。 元老院の命によって毎晩松明と笛の音によって家まで見送られていたカイユス・ドゥイリウスは、それでもなお、われわれがより輝かしい器楽曲に対して心動かされるよりもさらに、この粗野な合奏に心動かされたであろう。しかし富裕な民族が、貧しい人民には知られていないなんらかの安楽を手に入れるということに同意するとしても、いったい誰がこの安楽を享受するというのだろうか?特権をもち富んで、自分たちこそ民族全体だとおもいこんでいる少数の人間は、彼らだけの裕福さから農民は幸福だと結論づける。しかしこうした安楽がより多数の市民に分配されている時でさえも、力強く勇気にあふれ隷従に敵対する魂が貧しい人々に引き起こす幸福に比較すれば、こうした利点はどのような価値があるのだろうか。贅沢が入り込んだ民族は、遅かれ早かれ専制政治の犠牲となる。彼らは、暴政が課そうとする鉄鎖に弱々しい手を差し出す。彼らはどのようにしてそれから逃れるのだろうか?こうした民族においては、ある者は遊惰に暮らしているが、遊惰はそれを考えることも予見することもない。また他の者は悲惨のなかで喘いでいる。そして差し迫った必要のために自分の要求を満たすことだけに完全に専念し、自由へと眼差しを向けることはない。専制的な政治形態においては、民族の富が彼らの主人である。共和的な政治形態においては、あたかも隣接する勇気ある人民に属するように、民族は力ある者に属する。 ローマ人はカルタゴ人にこう言ったに違いない。「お前たちの財宝を引きわたせ。それはわれわれのものだ。ローマとカルタゴは、ともに富むことを欲した。しかしその目的に到達するためにまったく異なった道を辿った。お前たちが市民の勤勉を奨励し、工場を建て、船で海を覆い、人の住んでいない海岸を発見に行き、スペインとアフリカのすべての黄金をかき集めていたあいだ、われわれは、慎重にも、戦闘の疲労に備えて兵士たちを鍛え、勇気を鼓吹した。われわれは、勤勉な者は勇者のためにしか働かないことを知っていたのだ。享受の時はきた。自分で守ることのできない財産をわれわれに引きわたすのだ。」もしローマ人がこうした言葉を使わなかったとしても、少なくとも彼らの行動は、ローマ人がこの言葉が想定している感情に充たされていたことを証明している。ローマの貧困がカルタゴの富に命令しないということ、またほとんどすべての貧しい民族が富裕な民族に対してもっていたこれに関する利点をもたなかったということは、ありえただろうか?質素なラケダイモンが裕福で商業のさかんなアテナイに勝利するのを、ローマ人がアジアの黄金の王笏を足蹴にするのを、人は見なかっただろうか?エジプト、フェニキア、ティルス、シドン、ロードス、ジェノヴァ、ヴェネツィアが、野蛮人(バルバロイ)と呼んでいた人民に従属するのを、あるいは少なくとも圧倒されるのを人は見なかっただろうか?そして、国内においてはスイスよりも不幸な富めるオランダが、スイスよりも弱い抵抗によって外敵に立ち向かうのを見ないだろうなどと、誰が断言できようか?以上が、諸民族にとり贅沢は致命的であると見なした哲学者たちのそれに関する観点である。 ここで述べたことの結論は、人間は、自分が見ているものをよく見、自分の原則から非常に正当な帰結を導き出しながらも、しばしば正反対の結果に到達するということである。なぜならば、人間は比較しているすべての対象の記憶を有していないからである。これらの対象から彼が求めている真理が帰結するはずなのであるが。 おもうに、異なった二つの側面から贅沢に関する問題を提起して、なにごとかを述べることは無益である。私は贅沢は国家にとって真に有害だとも有益だとも決定するつもりは少しもない。この道徳上の問題を厳密に解決するためには、私が提起した対象とは異なる細部に立ち入る必要があろう。この例によって私は単に、複雑でかつ人が情念から離れて判断する問題においては、無知のため、すなわち、ある対象に関して彼が見ている側面はこの同じ対象について人が見るべき全側面であると想像するのでないとしたら、人はけして誤らないと証明しようとしただけである。 |