リニャックの生涯と思想

La vie et la pensee de Lignac

 18世紀フランスの哲学者・形而上学者。Josephe Adrien Le Large de Lignac。 1710年〜62年。
 オラトリオ会で哲学を学び、デカルト、マールブランシュの思想を受け継いでいるが、こうしたフランス哲学の<正統>だけでなく、イギリスの経験論哲学者ロックの影響もみられる。発言分野は幅広く、数学、自然学、宗教の統合をはかったともいえる。

レオミュールの「昆虫の自然史の報告」
 はじめ、「ウニゲニトゥス勅書に反対する規定方法」Voie de prescription contre la  bulle Unigenitus(1743年)を著したが、続いては、博物学者・物理学者レオミュールの「昆虫の自然史」 Histoire des Insectesのなかの「ミズグモの自然史をはじめるにあたっての報告」Memoire pour servir a commencer l'histoire des araignees  aquatiquesを執筆している(1748年)。1751年には、彼の著作のなかでも当時最も読まれた「ビュフォンの自然、一般、個別誌についてのアメリカ人への手紙」Lettres a un Americain sur l'histoire naturelle, generale et particuliere de Buffonを著し、ビュフォンと論争した。
 この論争はコンディヤックとの論争にも発展したが、「動物論」巻末でのコンディヤックによるリニャック批判はリニャックの思想に立ち入ったものではなく、リニャックがコンディヤックの思想を理解せず、不正確な引用でコンディヤックを批判しているとする、どちらかといえば形式的なものである。
 「アメリカ人への手紙」に続いては、「経験から引き出された形而上学の要素」Elements de Metaphysique, tires de l'experience(1753年)、「現代の運命論者の不敬で滑稽な信仰に反対する内奥感と経験の証言」Le temoignage du sens intime et de l'experience, oppose a la foi profane et ridicule des fatalistes modernes(1760年)などを著した。また、コンディヤックへの反論を書いた「感覚の分析」Analyse des Sensationsという手稿も残している。
 リニャックに関するまとまった研究はほとんどないが、管見のなかでは、フランス哲学における自己知の変容という視点から、望月太郎氏がリニャック哲学の特徴を次のように分析している。
 「リニャックが内奥感の証言として繰り返し主張するもののひとつには、確かに感情の存在経験としての自己性がある。「私の内にあって思惟するものは自己が存在することを感じる(se sent exister)」(「形而上学の要素」22ページ)。彼は、この内奥感に直接感じられてある自己を直ちに実体に同定してしまう。「この感覚[内奥感]がそれゆえ私の精神の実体の本質である」(「内奥感の証言」第1巻393ページ)。ここには人間学化された実体理解があり、それが自己性と同一性との混同をもたらしている。リニャックは言う、「実体とは、それがいかなる変容を受けたとしても、同一であり続けるところのものだからである」(同書)。リニャックはけっしてカテゴリックな主張をなしているのではない。かような理解の基礎に「人格的同一性(identite personnelle)」の感情があり、そのような同一的存在(=実体)についての内奥感が各人にあってあらゆる感覚に伴っている、そしてそれが因果性の根拠であるという主張なのである。この内奥感は例えば記憶に還元されるようなものではない。それは記憶にも先行するものでなければならない。リニャックはこの点で感覚主義者と一線を画する。意識をもって「タブラ・ラサ」となす者はそれにより「人格ではないような個」(同書、394ページ)を虚構しようとしているのだと批判する。人格的同一性の意識が証言する実体の存在。リニャックがどれほどデカルトから隔たった地点に立っているかは明白であろう。精神はもはや人格から切り離された抽象的存在ではない。こうして彼は自己性と同一性を混同する。背景には経験論から流れ込む意識の哲学と人格主義がある。」(関西哲学会年報「アルケー」第5号、1997年刊)

コンディヤック「動物論」

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