市民の権利義務について (ガブリエル・ボノ・ド・マブリ)
Des Droits et des Devoirs du citoyen (Gabriel Bonnot de Mably)

以下、1758年前後に書かれ、マブリの没後、フランス革命のまさに当年である1789年に公刊された「市民の権利・義務について」の緒言・目次およびその部分試訳を掲げる。訳出に当たっては、Jean Louis Lecercleが1972年に刊行したテクスト・クリティック版(Librairie Marcel Didier)を底本としてもちいた。


緒  言

「真の法が存在する。それは、自然に合致し、すべての人間に広がり、不変で、永遠な正しい理性である。その命令は義務を果たすようにとわれわれに呼びかけ、その制止はわれわれを悪しき行動からそらすことができる。そうした義務も制止も、誠実な人にむだに向けられることはない。しかしそれらは、邪悪な人には無力である。この法を廃止することはできない。最小の修正を加えることもその全体を廃止することも許されない。元老院も人民も、われわれをそれから解放することはできない。それを説明し解説するために第三者を探す必要はない。それはローマとアテナイで異なることはなく、現在と未来で異なることもない。すべての人民は、すべての時代に唯一・永遠・不変の法に従うであろう。すべての人にそれを教え、強制する唯一者が存在するであろう。それは神である。神はその法を思い浮かべ、熟考し、採用した。神にそむくものはみな、自分自身にとって異邦人となるであろう。人間の本性(自然)を軽蔑するために、刑罰と呼ばれるものすべてを逃れたとしても、もっとも大きな罰をうけるであろう。」(キケロ「国家について」第三巻)

 これからお読みになる作品は、自然法と政府の諸原理について記す著者たちがけして見失ってはならないキケロの称賛に値する章句の註釈にすぎない(下方の訳註参照)。

目次

第一の手紙
どのような機会にこの作品で語られる対談が行われたか。最初の対談。そのもとで生きている政府に対し市民が負う服従についての一般的熟考。

第二の手紙
第二対談。すべての国家において、市民は公共福祉を行うにもっともふさわしいことを政府に切望する権利がある。公共福祉の確立に努めることは、それの義務である。そのために使用される手段。

第三の手紙
第二対談の続き。スタノップ卿に向けられた反論。彼の答え。

第四の手紙
第三対談。キケロの「法律について」の章句の吟味。不正な法に従う必要はない。諸国民において叡智ある法や不正な法が生み出される原因について。

第五の手紙
第四対談。自由な国家における良き市民の義務についての一般観念。専制下において、もっとも大きな従属を回避し自由を回復するために、彼の行動はどのようなものでなくてはならないか。

第六の手紙
第四対談の続き。自己を専制から解放し自由になろうとする地方について。フランスにおいて三部会を招集する手段。自由になろうとする地方の行動はどのようなものでなくてはならないか。

第七の手紙
第五対談。直前の対談の証明。自由を堅固なものにするための手段。立法権力について。執行権力の異なる部分への分割について。

第八の手紙
第六(最終)対談。自由を回復した後、共和国はどのような手段によって政府を維持・永続させうるか。


訳註) キケロ「国家について」現行テクストは1819年に発見された有力断片にもとづくものであり、マブリは、ラクタンティウス「神聖な教理 Divinae Institutiones」に引かれた断片によって「国家について」を読んでいる。なお、マブリは「立法論」「フォシオン対談」などでも、この章句に言及している。



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ゲリエによる『市民の権利・義務について』への言及