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マブリが立憲政体における王の必要性、そして異なった階層からなる社会における王の必要性を真剣に信じていたことの証拠を、 われわれは『ポーランドの政府と法について』にみいだす。
この作品はポーランド旅行ののち、1770年〜1771年にかけてまとめられ、 政治改革によってポーランドの力を回復させることを望んだバール連盟のプログラムをめざしていた。
彼の計画は結局日の目をみなかった。しかし、この計画はそれでもなおある種の歴史的関心をひく。
なぜなら、彼の考えは少しもポーランドに適用されなかったとはいえ、 1789年のフランス再建に支配的だった傾向との関係を追及するのは興味深いから。
われわれも詳細にはたちいらず、単にこうした観点からこの国に計画された法を一瞥しよう。
ポーランドの政治的衰弱とポーランドを支配していた無秩序の要因が、王権の弱さであったことは、
この国を観察したものすべてに明らかだった。マブリもこの事実をみのがさなかった。
そしてポーランド人にむかってこう語った。 「王を弱めようとしてあなたたちは大臣の力を巨大にしました。
あなたたちは自分たちを自由に支配しようとする人間を一人しかもたなかったのに、
まもなく王冠の簒奪者を多数もつようになりました。」(『ポーランドの政府と法について』)
かくて、最初の改革として、マブリは選挙王制のかわりに世襲王制を提案する。
「現状において私の出発点は、数年だけの仮の王、もしくは、 仮の第一為政者たるべき人物を勧めることではありません。
ポーランドにとって重要なのは、むしろ世襲君主を戴くことです。」 (『ポーランドの政府と法について』)この提案がポーランドの自由信奉者にとって<革命的>に
みえるだろうとマブリは知っている。そして、自分を先入見以上のものにたかめてほしいと
懇願しながら、彼らにこの改革の有効性を証明しようと努める。彼はさらにさきにすすむ。
新憲法が最も格式ばった荘厳な方法で、王の人格は神聖、不可侵であると宣言することを
マブリは要求する。かくて、マブリはイギリス政体の重大な失敗と指摘した主権者(souverain=至上者)の
不可侵性に関しては意見を変更した。あるいはすくなくとも、こうした王の不可侵性なしには、
ポーランド人は計画されている改革をあてにできないだろうと納得させようと試みる。
彼は語る。「もしかりに王の行為の弁明を求めることが許され、 その行為を裁き罰することが許されたとしても、新政府は古い悪徳の大部分をもち続けるでしょうか。」
(『ポーランドの政府と法について』)しかし、ポーランドをとりまく君主国に抵抗しうるように
ポーランドに王制を容認する際にも、マブリは世襲と不可侵性という二点にしか同意しない。
彼によれば、ポーランドの不幸の真因は、憲法が権力を誤って分配したことと、
立法権と執行権力(puissance executrice)の完全な分立に失敗したことにある。
みずから立法者にとって最も困難な問題と呼んだもの、 つまり、「立法権力が為政者に委ねるべき権利と権力の範囲」
(『ポーランドの政府と法について』)を主に語りながら、 マブリが全注意を集中したのはこの二点である。この問題を解く際に、彼は一つの格率から出発する。
そしてこの格率は、最初のフランス憲法制定に影響した傾向をみごとに表明する。
「すべての立法者が出発すべきなのは、執行権力は過去、現在、未来永劫にわたって立法権力の敵である
という原則からです。」(『ポーランドの政府と法について』)この原則をポーランドに導入するため、
マブリは、王と元老院は決して立法に与らぬこと、また元老院は、国民議会(Diete
nationale)、 つまり貴族の代表たちに専一的に委ねられることを要求する。 これらの数多く、落ち着きなく、無知な貴族は旧ポーランドの傷口だった。
議会の機能を正常化し、<リベルム・ヴェト(自由拒否権)>の忌まわしい影響を制限するために
― このリベルム・ヴェトは、ポーランド独特の非常にローカルな問題であるが―
マブリはいくつかの規則を提案する。彼のプランでは執行権は王と元老院に属さなくてはならない。
しかしここで、マブリは世襲王制を利用するよりも、むしろこの新王制の役割を制限することに専心する。それゆえ、王に認められた歳入は中庸を得たものでなくてはならない。
「バール連盟は、王の手に自分たちを腐敗させるに足る富を委ねたイギリス人の轍を踏まないように。
」(『ポーランドの政府と法について』)またある法は、議会が王の負債を支払うことを禁じている。
王や大臣の強欲を促し、彼らを不従順な管理人にしないために、 ポーランド人が避けなくてはならないイギリス人の今一つの誤りは、
王に財政運用を委ねたことだ。望むままに国家の恩賞、恩恵、報酬を施す特権を王に残すとしたら、
世襲君主に中庸を得た歳入しか認めなかったことは何の役に立つのか。それゆえ、
マブリはここでもポーランド人はイギリス人をまねないよう強要する。 「イギリス人は宮廷の企てと議会の腐敗をいつも嘆いています。
しかし彼らは嘆き続けるだけで、政府の悪徳を認めようとはしません。」 (『ポーランドの政府と法について』)したがって、教会、市民、軍隊のすべての権威は、
もしお望みならば君主の名において、しかし実質的には議会と元老院によって授けられなくてはならない。
マブリによれば、王は同様に議会か元老院が委託した時にしか軍隊を指揮しない。
この場合にも、王の命令下実際の指揮をとる将軍、もしくは、同盟国に軍事作戦を連絡する
外交顧問の二人を、王に伴わせなくてはならない。一語で言えば、マブリがポーランド人に
提供する理想は、国家の多数を象徴する制限された王、栄えある敬意を受けるが権威の影しか
もたない王だ。
真の執行権は、マブリが非常に複雑な機構を計画した元老院に委ねられる。
この複雑さは、彼が元老の特権を出しぬこうとしないことから生じる。 この点に関しても詳細に立ち入ることをひかえよう。
ごく簡単にいって、この機構は、4年の年限つきで議会に選ばれた、 6人の元老で構成された四つの委員会への執行権の集中から成り立っている。
マブリのプランでは、これらが代議員の府と元老院、正しくは、内閣との関係を規定する原則
だということが注意をひく。権力の完全な分立、これが彼の大原則だ。 これらの元老ないし閣僚は、「決して立法権力に与ってはなりません。
また立法府の構成員であってもなりません。」(『ポーランドの政府と法について』)
マブリは語る。「もし元老に、議会で議員と交わることを許すと、 諸事において元老がもちうる経験と、彼らが纏ったままにしている権威は、
いとも容易に元老を多くの困難の主人にしてしまうのがわかるでしょう。そしてすぐに、
彼らの野望に好都合で国民の自由には反する法しかもたなくなるでしょう。」
(『ポーランドの政府と法について』)他方、いかなる形式を問わず、 イギリスのように顧問の資格で議員が大臣の顧問会へ入ることを放置してはならない。
立法権力にかかわる人間が、執行権力の行使にも大きな影響をおよぼすことは非常に危険だ。
それは分立されてしかるべき二つの権威を混合することにほかならない。 一方では、元老院が議会の作業に強要したり拘束したりしながら、
省庁に結びついた議員としてはたらく。また他方では、議員が元老院、 すなわち省庁の評議をむりやり支配しようとする。なぜなら、元老も議員も、
同僚たちのすべての努力と保障に支えられているように感じるから。
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