マールブランシュの生涯と思想

La vie et la pensee de Malebranche

 マールブランシュ Nicolas de Malebranche (1638年−1715年)。フランスの哲学者。オラトリオ会修道士。奇しくもルイ14世と生没年が一緒である。
 王室秘書官の家の末子に生まれたマールブランシュは、1658年に母を翌年に父を亡い、1660年にオラトリオ会に入籍した。マールブランシュが入籍したオラトリオ会は、17世紀当時において、アウグスティヌス神学を中心に「神の自由、したがってまた目的論的自然認識を斥ける思想」(竹内良知氏、「真理の探究」1解説、創元社、1949年)を成立させており、「世界の目的論的説明を斥けるこの思想は中世的自然観に対立する科学、殊に数学にたいして同情的な立場」(竹内氏、前掲解説)をとらせていた。神の自由と自然認識における目的論の否定というオラトリオ会の思想的立場は、デカルト思想につうずるものであり、デカルトはオラトリオ会の設立者ベリュールと親交をもっていた。
 こうしたなかで学究生活を行っていたマールブランシュは、1664年、デカルトの遺稿「人間論」をきっかけに哲学にめざめ、以来、アウグスティヌスの思想とデカルト哲学の総合をめざすことになった。
 その成果はまず初期の大著「真理の探究」として1674年−75年に発表された(74年に第1巻〜第3巻までを収めた第1分冊が、75年に残りの第4巻〜第6巻までを収めた第2分冊が刊行された)。「真理の探究」は、人間の心のあり方を1感覚、2想像力、3知性、4傾向性(意志)、5情念の側面から詳細に分析してそれらの誤りを指摘し、最後に、6方法で、正しい判断を行う規準を示している。この著作は公刊直後から大きな反響を呼び、ボシュエ、フェヌロンらとの論争や批判を受けて、マールブランシュの生前に5回改訂され、また「解明」を追加されていった。「真理の探究」での問題提起はこうした論争のなかで深化され、「自然と恩寵についての論考」(1680年)、「キリスト教的および形而上学的省察」(1683年)、「道徳論」(1684年)などの著作を生んだが、これらの成果は、「形而上学と宗教についての対話」(1688年)に最終的に結実した。
 しかしその一方で摂理の単純性、法則性を強調するマールブランシュの思想は奇蹟否定につながるとの批判も強く、デカルト、アウグスティヌスを重視する立場から当初マールブランシュを評価していたアルノーも、1683年に「真の観念と偽りの観念について」を表してマールブランシュ批判を開始した。こうした経緯を受けて、1690年、「自然と恩寵についての論考」はローマ法王庁から禁書に指定された。
 しかしその後も摂理の解明に対するマールブランシュの探求心は止まず、「行動の自由は神が決定していない承認を意味する」等として、ブルシエに反論を加えた「物理的予動についての省察」(1715年)に至るまで、執筆活動と論争を続けた。
 マールブランシュの主張は、「すべての事物を神において見る」というフレーズで知られ、人間は神のうちなる観念をとおして事物的世界を認識するとして、デカルト流の心身二元論の解決を試みた。マールブランシュによれば、人間の感覚や想像は真の認識をもたらすものではなく、神のうちなる観念に至るきっかけであった。また、現象としての物体(身体)や精神の運動を認めながら、その原因を物体のなかや精神そのものに与えることを拒み、たとえば物体の衝突や精神の意欲をきっかけ(機会)として神が発動し、最終的には神がさまざまな運動を引き起こしているとした。この説は哲学史上「機会原因論」と呼ばれる。
 スピノザの思想が無神論として危険視され、ライプニッツの主要な著作が公刊されなかったなかで、18世紀には、デカルト流の合理主義哲学の主流はマールブランシュに受け継がれたものと見なされ、マールブランシュ派=新たなデカルト派として、経験論、感覚論や唯物論など、新たな思想潮流と対決していった。

【テクスト】
Oeuvres completes (Librairie J. Vrin)
『真理の探究』1 (竹内良知訳、創元社<哲学叢書>、1949年)ーー同翻訳は第1分冊<『真理の探究』第1巻>のみ出版され、第2分冊以降は刊行されなかったようである。
『形而上学と宗教についての対話』 (井上龍介訳、晃洋書房、2005年)

【参考文献】
『神と魂の闇ーーマルブランシュにおける認識と存在』(伊藤泰雄著、高文堂出版社、1997年)
『マルブランシュとキリスト教的合理主義』(F・アルキエ、藤江泰男訳、理想社、2006年)
『心身の合一ーーマールブランシュとビランとベルクソンにおける』(M・メルロ=ポンティ講義録、滝浦静雄・中村文郎・砂原陽一訳、朝日出版社、1981年)
真理の形而上学ーーデカルトとその時代』(山田弘明著、世界思想社、2001年)ーー本書は文字どおりデカルトとそれに続く哲学者を取りあげ、比較・分析を行った著作であるが、マールブランシュを独立した章で論じているほか、補章において『真理の探究』第3巻第2部第1章〜第7章までを翻訳・紹介している。

 

マールブランシュ全集(Vrin版)の構成

「真理の探究」内容目次

マールブランシュの機会原因論

マールブランシュの視覚認識論

マールブランシュに対するボシュエの懸念

「17世紀人物誌」〜マールブランシュの項へ

近代知確立への歩み(17〜18世紀簡易年表) Chronologie