プーフェンドルフの自然法概念

 プーフェンドルフの自然法概念およびその歴史的位置づけを、以下、船田享二氏「法思想史」(勁草書房、1953年。ただし引用は1975年刊の全訂版による)およびアルフレッド・フェルドロース氏「自然法 Statisches und dynamisches Naturrecht」(邦訳書:原秀男氏、栗田陸男氏共訳、成文堂、1974年)からの引用により紹介する。

 「ホッブスのような絶対主義は、究極において、法ではなくて力の絶対的支配を認めることによって、自然法の根本思想の破壊に導かれるばかりでなく、人間の本性を孤立的な反社会的なものとする。したがって、人間の結合生活を個人的利益の考量にもとづく功利的なものとする思想は、本来、ゲルマン思想と相容れぬものといわねばならない。プーフェンドルフは、君主の絶対的権力を承認する点では、ホッブスに追随するたちばをとったけれども、その理論の根本においては、人間の本性を社会的なものと解するゲルマン的性格を明らかにする。かれは、ホッブスのように人間の孤立的闘争的本能を主張するたちばには反対する。けれども、グロートのように単純に社会的本能を肯定することはなく、人間が本来社会性(socialitas)をもつことを認めると共に、その不完全性(imbecillitas)の故に孤立の状態にあることをえず、つねに他との結合によってのみ生活を営むことができるとして、この社会性と不完全性とを国家状態の根底とする。けれども、かかる社会性と不完全性とは、プーフェンドルフにあっては、グロートやホッブスにおけるように時間的に国家状態に先行する自然状態にある人間の本性という意味のものではなくて、人間という存在を考えるについて想定されねばならぬ性格である。したがって、国家状態の下においてもつねに現われる本性なのであり、国家状態を正しく認識するための根拠である。すなわち、プーフェンドルフは、現実の国家および法の問題の考察について、その歴史的起源ではなくて、いかにしてかかる国家および法の正当性が基礎づけられるかの根拠を求めて、これを人間の社会性と不完全性とに帰したのであり、これによって、グロートやホッブスを超越して、のちにルッソーにおいて、さらに明らかにカントにおいて現われるような理論に先鞭をつけたのである。のみならず、その説く自然法は、単に法的または政治的秩序或いはその規準には止まらず、人間的存在の道義的また文化的全体を包括する意義をもち、その自然法論は、国家や法には止まらず、道徳や自然や人間や歴史のすべてに関する一種の文化哲学的意義をもつ包括的な性格のものであった。そうして、プーフェンドルフは、かかる理論をその時代のドイツ的市民生活の常識にもとづいて展開すると共に、ことに、自ら社会人として、社会大衆に向かい、特に青年層に向かって、教育的態度でその理論を説くに努めた。かれのかかる態度は、かれが単にグロートとホッブスの理論を結びあわせて折衷説を作上げた第二流の人物であり、何の独創もなく、単に材料を蒐集し整頓したに過ぎぬ、とする無理解な批判を招く因をなした。けれども、むしろ、かれは意識してかかる教育的態度に出たのであって、これによって、自然法論のみならず、さらに国家や法に関する理論が一般に理解されうるに至る道は開かれることとなった。」(船田享二氏「法思想史」)

 「この(グロティウスの;引用者註記)理論の一層の進展は、サムエル・プーフェンドルフによって行われている。しかし、この進展は次のことによってグロチウスから区別される。すなわち、グロチウスは神が存在しないとしても自然法は妥当していると考えているが、プーフェンドルフは法を上位の者から下位の者への指図と定義している。それゆえ、プーフェンドルフは、神が人間に社会的本性を賦与し、また、このような仕方で人間を「社交的」たらしめたからこそ、自然法に拘束力があると看做している。この指導原則は、共同体を確立し、また、促進するために、共同体のために尽力し、これを維持し、一切の手段を用いるように、人間相互を義務づける。この最上級の原則から、プーフェンドルフは次のような結論を導いている。
 a. 何人も他人を害すべきではない。また、他人を害した者は、総て生じせしめた害に対して損害の賠償をなすべきである。
 b. 人間の尊厳は万人に帰属しているがゆえに、各人は、他人を生まれながらに同等の権利を有する者として扱うべきである。
 c. 各人はできる限り、他人を助けるべきである。
 d. 各人は自発的に引き受けた義務を履行すべきである。
 プーフェンドルフは、服従契約によって、国家を成立させている。したがって、国家によって公布される実定法は、「条件の付された法(jus hypotheticum)」として自然法の体系へ編入されている。
 プーフェンドルフは、自然法を強制力のない「不完全な法(lex imperfecta)」と看做している。したがって、社会的生活を保持するために支配権力が必要となる。国家の建設によって自然法は後退する。何となれば、プーフェンドルフは抵抗権を一切認めていないからである。自然法は、かくて啓蒙された立法者のための単なる格率と化する。したがって、プーフェンドルフは実際には国家から法を導いている、というライプニッツの指摘は正当である。」(アルフレッド・フェルドロース氏「自然法」)

 

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グロティウス(グロート)の生涯と思想