マイセン窯
Meissen

 

 ドイツ、ザクセン地方の小都市マイセンに伝わる、硬質磁器としてはヨーロッパ最古の伝統をもつ古窯。製品の底にザクセン選帝候の紋章からとった「青い双剣」のマークを入れ、その伝統と技術を誇っている。現在でも、ヨーロッパの磁器製造の最高峰の一つである。
  マイセン窯の歴史は、そのままヨーロッパの磁器製造の歴史である。
  18世紀初頭、ザクセン選帝候フリードリヒ・アウグスト1世(ポーランド国王としてはアウグスト2世)のもとで、チルンハウスTschirnhaus(1651年−1708年)、ベットガーBoettger(1682年−1719年)の2人が磁器の研究に着手、スウェーデンによるザクセン侵攻、チルンハウスの死などの困難を経て、1708−9年にヨーロッパで最初の硬質磁器の焼成に成功した。続く1710年には、フリードリヒ・アウグストにより磁器工場の特許状が出され、本格的な磁器の製造が開始されている。
  磁器焼成に成功したベットガーは、若い頃錬金術などに手を出していた人物で、ヨーロッパ最初の磁器焼成者という華やかな名とは裏腹に、磁器開発の秘密を守るため、37歳で亡くなるまで官憲の監禁・監視下におかれていた。
  ベットガー死後の1720年頃からは、日本から輸出されていた有田磁器の文様(古伊万里様式、柿右衛門様式)の模倣が本格的に開始され、これをシノワズリー(中国趣味)として定着させた。
  こうしてマイセンで開発された磁器製造の技術は、しだいにヨーロッパ各都市に流出し、18世紀に各地で独自の様式をもった磁器製造の興隆を促した。
  現在の国立マイセン磁器製造所は、1864年に当時最新の窯業技術を導入して建設された。マイセンは現在175,000点の商品パレットをそろえ、10万点以上のデータやモデルを保管している。マイセンならではの色も、工場のラボに1万点以上のレシピが記録され、ベットガーの時代同様、今でもトップシークレットとして扱われている。

 

Collections de Kisaragi


ザクセン宮廷の料理長ブランデンシュタインのためにつくられたレリーフのあるシェープにフルーツ、紫の小花、昆虫をあしらったデミタス・カップ


19世紀はじめのビーダーマイヤー様式を反映し、小花をちりばめたデミタス・カップ

 

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