歌舞伎と小説の交流
対談:郡司正勝/須永朝彦
|
須永
|
歌舞伎と幻想文学ということで、当時の小説との関係について触れておきたいと思うのですが。 |
|
郡司
|
そうですね。小説と芝居との交流が盛んになるのも、ちょうど南北が活躍した文化文政時代なんです。 |
|
須永
|
寛政の改革で咎めを受けた山東京伝が方向転換して、読本が江戸で盛んになる時期ですね。最初は「忠臣水滸伝」でしょうか。 |
|
郡司
|
そうでしょう、「忠臣蔵」と「水滸伝」の世界を綯交ぜにしたこと自体、歌舞伎の綯交ぜの世界構造を小説が採り入れたものですから。 |
|
須永
|
読本というのは、高尚めかしてズラリと参考文献みたいな書目を並べますね。 |
|
郡司
|
それも自分が一番拠り所としているものは頬かむりして載せないんですよ。えらそうなものだけ仰々しく並べる。今の学生の卒業論文のようなものです。通俗的な、一番卑近なものは載せないんだ(笑)。 |
|
須永
|
京伝の作品では、亨和になって「安積沼」、文化元年に「優曇華物語(うどんげものがたり)」、文化2年に「桜姫全伝曙草紙」ですね。 |
|
郡司
|
あのあたりから非常にロマンチックになってくるんですね。京伝は読本というものをロマンチックな幻想的なものに考えてるから、そこが講釈調の馬琴と違うんですね。 |
|
須永
|
馬琴の方が土台は堅いような気がしますし、きちんと書き通す力では勝っているけれど、情緒的な面ではね…。 |
|
郡司
|
そうそう、想像力の持って行き方が違うんだ、神経の違いかな。 |
|
須永
|
それで、歌舞伎と同じで、趣向の立て方では京伝の方が優れていたということですね。ですから題材も、歌舞伎や浄瑠璃と殆ど同じですね。 |
|
郡司
|
歌舞伎の世界を、情緒として採り入れてるんですよ、京伝の場合。読本の中に流れてる京伝のロマンチシズムというのは、あの「双蝶記」なんかにも出てくるけれど、蝶々の出現てものが一つのシンボルなんだと思うんです。「曙草紙」にも出てくるんじゃないかな、黄色い蝶々が。もともと東洋のロマン主義では、よく蝶々が象徴とされるでしょう、荘子の<胡蝶の夢>が元ですからね。 |
|
須永
|
それと、歌舞伎の情緒的なものが京伝に入ったのは、桜田治助と仲がよかったことも影響してるでしょうね。 |
|
郡司
|
そうですね。治助は天明期の非常におおらかで華やかな歌舞伎の風でしたからね。 |
|
須永
|
京伝の読本は、その後も「昔話稲妻表紙(むかしがたりいなづまびょうし)」とか「本朝酔菩提(ほんちょうすいぼだい)」とか「浮牡丹全伝(うきぼたんぜんでん)」とか、いろいろ出るわけですが、そうした京伝の読本の趣向を歌舞伎に採り入れたのが南北ということになりますかしら。 |
|
郡司
|
そうですね。「浮牡丹全伝」など「阿国御前」に入ってるね。あと「安積沼」。 |
|
須永
|
読本の「安積沼」と、それを草双紙にした合巻の「安積沼後日仇討(あさかのぬまごにちのあだうち)」の小幡小平次のくだりが、具体的には「彩入御伽艸(いろえいりおとぎぞうし)」ですか。 |
|
郡司
|
ええ、結局、趣向にしても、指先が蛇になるなんていうのは京伝が先ですね。 |
|
須永
|
「女清玄」にも出てきますね。 |
|
郡司
|
でも実際には舞台でそんなもの使っても、遠くて見えないと私は思うんだけれども(笑)。他にも指が腐ってバラバラッと落ちるとか、そういう趣向はやっぱり読本のもので、芝居風じゃないですよ。いくら江戸時代の舞台は狭くて見物もそんなに入ってないとはいってもね、照明がまた暗いんだから、そこまでよく見える筈がない。 |
|
須永
|
逆に言うと、京伝という人はさすがに絵描きだったせいもあって、その趣向もたいへん立体的な感じがしますね。読本の挿絵というのは、作者が見本を描いたんですね、絵組といって。それで京伝は非常に絵組が見事なんですけど、馬琴の絵組の残ってるのなんか見ると気の毒なようで(笑)。本当かどうかわかりませんが、挿絵画家の北斎なんか馬琴の言うことを聞かなかった、という俗説があるくらいです。いずれにしても、京伝の小説の挿絵は見事ですね。だから南北は、京伝の読本や合巻から沢山趣向を採っていたんでしょうね。 |
|
郡司
|
そうですね。合巻は今日の劇画本みたいなものだから、視覚性が優先します。 |
|
須永
|
それまでの草双紙が文化4年頃に黄表紙から合巻に変身して、ストーリー性が強くなり、続き物が多くなる。話自体も非常に怪奇的・伝奇的になってきますね。まあ、そんなわけで、それまで当たらず触らずの関係にあった芝居と小説の交流が頻繁に行われるようになったんですね。 |
|
郡司
|
歌舞伎が小説に拠るのは恥とされていたのが、この頃から小説の脚色がはやり始める。そうすると、今度は歌舞伎の趣向を合巻の方が採り入れる。合巻というのは頁をめくると絵が動いていかなくてはいけないから、今の劇画と同じで、動きが大切にされます。それは歌舞伎の趣向を採り入れて動いてゆくわけですね。 |
|
須永
|
要するに一方通行じゃないんですね。お互いに行ったり来たり、甚だしいのは小説が劇化されて、それがまた小説化されるということも起こる。たとえば京伝の「浮牡丹全伝」の牡丹燈籠の趣向が、南北の「阿国御前化粧鏡(おくにごぜんけしょうのすがたみ)」に採り入れられ「元興寺の場」の生成りとなりますが、その芝居の趣向を京伝がまた「戯場花牡丹燈籠(かぶきのはなぼたんどうろう)」という合巻に描いています。 もっと年代がくだりますと、役者の名前で合巻が出るわけです。團十郎とか菊五郎とか、みな戯作者の代筆ですけれど、舞台でやったものがすぐ合巻になって出る。今でいう映画のノベライゼーションみたいなものですね。また柳亭種彦の「正本製(しょうほんじたて)」など――正本というのは歌舞伎の台本のことですから、題からして歌舞伎仕立なんですね。 |
|
郡司
|
ですから趣向も、本を開けると、幕を開ける絵が描いてあったり、背景なんか全部舞台装置になっている。どこまでも芝居仕立で見せるものですね。 |
|
須永
|
一つの視点から見れば、非常に洗練されたものですね。 |
|
郡司
|
ええ、非常に人工的なね。 |
|
須永
|
江戸時代というのは、そういう部分的・末梢的な面から見ると、相当に洗い上げられたものが出てきた時代ですね。全体としては評価できなくても、部分としては西洋人には考えもつかないような…。 |
|
郡司
|
論理的なものは欠落するけれども、感覚的には非常に緻密になってくる。 |
|
須永
|
最後に読本が脚色された例として、幻想的なものを一つ挙げておきましょうか。京伝の「善知安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)」は天保になってそのまま劇化されて「世善知相馬旧殿(よにうとうそうまのふるごしょ)」、立作者は宝田寿助でしょうか。残念ながら台本が残っていないようですね。 |
|
郡司
|
ええ、復活したら面白いと思って、私は探したことがあるんですが、見つかりませんでした。 |
|
須永
|
残っているのは、大詰に演じられた浄瑠璃だけですね。常盤津で「将門」といってますが、正式には「忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)」という。この踊など、古御所に傾城が出て来て、蝦蟇の妖術とか屋体崩しとかいろいろあって、絵面から見れば非常に怪奇的・幻想的なものですね。詞章も中国の故事など引いていて、なかなか難しい。 |
|
郡司
|
この曲は将門が出てこないのに「将門」というんだから、不思議だね。要するに<将門の世界>ということでしょうね。滝夜叉という将門の娘が主人公だから。 |
|
須永
|
これは歌川国芳の三枚続の錦絵がありますね。芝居絵じゃありませんけど。古御所の屋根の上に相対している滝夜叉姫と大宅光圀は錦絵独特の描法ですけど、巨大な骸骨が背後からのしかかっている。あの骸骨なんかは、やはり「解体新書」あたりの影響でしょうね。 |
|
郡司
|
そうですね。京伝の合巻にも顕微鏡で見た蚤や虱(しらみ)や蚊などを化物に仕立てたものなんかありますね。西洋科学を全部幻想にしてしまう、そういう時代感覚はごく庶民のものですね。 |
|
|
(1986年2月21日)
|
|
<須永朝彦氏「歌舞伎ワンダーランド」(新書館/1990年)より再掲、初出は「幻想文学」15号>
|
|