滝夜叉姫
(須永朝彦氏/「歌舞伎ワンダーランド」より)


 妖術師・幻術師のことを古く倭言葉では<まぼろし>と言った。「源氏物語」の「幻」の巻に見える「大空を通ふまぼろし夢にだに見え来ぬ玉の行方たづねよ」、また鴨長明の「思ひあまりうち寝る宵の幻も浪路を分けて行きかよひけり」という和歌の中の「幻」は幻術師、中国風に言えば仙人や道士のことだが、近世には漢語が通用していたようで、小説や浄瑠璃の詞章にも妖術・幻術・魔術などの語彙が見受けられ、常磐津「将門」の歌詞にも「妖術魔術の業通にて、さすがの勇者もたじたじたじ…」とある。
 通称を「将門」という「忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)」は、天保7年(1836)7月江戸市村座「世善知相馬旧殿」大詰に上演された舞踊劇である。山東京伝の読本「善知安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)」(文化3年・1806)を宝田寿助が脚色、浄瑠璃の場だけが残ったもので、平将門の遺児滝夜叉姫が最後に印を結んで蝦蟇の妖術をみせる(蝦蟇の出ない演出もある)。
 幕が開くと荒れ果てた相馬の古御所の体、「宋史」という中国の史書の一節を引用した難しい詞章の置浄瑠璃が一くさりあって、スッポンから紗の傘を差した傾城如月実ハ滝夜叉姫がセリ上がってくる。傾城の名を如月とするのは、滝夜叉が一時発心剃髪して如月尼と名乗ったのを承けているのである。黒衣二人の差し出す面(つら)あかり(蝋燭の燈、<差し出し>ともいう)に照らし出されて花道にセリ上がってくる滝夜叉姫の姿というものは、歌舞伎の優れた舞台面の中でも、とりわけて美しく蠱惑に充ちたものと申せよう。
 ゆらゆらと揺れる燈に映える裲襠(うちかけ)に目を凝らせば、それは破簾(やれみす)と蜘蛛の巣文様が色糸を以て繍いとられ、更に木の葉が散らしてある上に禍々しい蛾まで飛んでいるではないか(衣装は役者によって相応に違いが出るから、必ずしも、こうだとは言えない)。この裲襠の文様に滝夜叉という凄艶なる美女の正体が表象されているかのごとくである。
 やがて古御所の御簾が上がると、源頼信の命を体して将門の余類詮議のために忍び込んだ大宅太郎光圀(おおやのたろうみつくに)が武者修行の若者といった体で刀に凭れて眠っている。黒の着付、胸元に素網が見えるのが、役者によっては魅力的に映る。傾城に化けた滝夜叉は色仕掛で光圀を味方に引き入れようというのだ。いろいろあって屋台崩しの大仕掛、結句見顕しとなり、滝夜叉は大蝦蟇と共に御所の屋根から光圀を睨めつけ、幕となるのだが、こんな可坊な芝居があってよいものかと思うほど、草双紙趣味の濃厚な頽唐味溢るる舞踊劇である。中村歌右衛門の代表的な演目だが、最近では中村芝翫も演じている。
 京伝の「善知安方忠義伝」の脚色と思われる狂言に「絵本善知鳥物語」(天保元年11月・京都南側芝居)、「世善知相馬旧殿」の書替と思われる狂言に「世善知鳥東内裡(よにうとうあずまだいり)」(天保13年6月・河原崎座)や「英皎うとふ一諷(はなのつきうとうひとふし)」(安政6年9月・江戸中村座・三世桜田治助)や「相馬礼音幾久月(そうままつりおとにきくづき)」(明治2年・東京中村座・河竹黙阿弥)などがあり、いずれも滝夜叉姫を主役とするが、上演は絶えている。


以上の解説は、須永朝彦氏の著作「歌舞伎ワンダーランド」(新書館/1990年)所収の「滝夜叉姫」(同書194〜6ページ)を、須永氏の了解のもと再掲したものです。



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「世善知相馬旧殿」詞章