1955年4月23日・新宿
Une rencontre a 23 avril, 1955

矢川澄子「おにいちゃんーー回想の澁澤龍彦」より〜

 1955年の澁澤龍彦氏と松山俊太郎氏の偶然の邂逅について、その場に居合わせた矢川澄子氏は「おにいちゃんーー回想の澁澤龍彦」(筑摩書房、1995年)で次のように回想している。澁澤氏の交友関係ががどのように広がっていったかを知る好例として、以下に引用・紹介しておく。

 「四月二十三日、わたしたちは連れだって校正室を後にして、お茶の水から新宿へ出ることにした。久々に懐具合の豊かなこの日、紀伊國屋で洋書の注文をすませたらいっしょに映画でも見ませんかというのが澁澤の誘いだった。
 当時、紀伊國屋は新築のため、表通りよりすこしひっこんだ仮店舗で営業中だった。ちょっと注文してくるからといって、澁澤はおもての階段を二階の洋書売場へのぼっていった。階下の新刊などをひととおり見終わったわたしは、一足先に外へ出て、階段の袂で待っていた。
 旧知の路ちゃんこと内田路子が偶然あらわれたのはそのときだった。澄子さん、これからどうするの。ちょっと、今日は連れがあって。そう、ざんねんね。あ、きたきた、あのひとよ。ふうん、あのひと。
 澁澤ひとりならば、路ちゃんをその場で紹介していたかもしれない。ところが相手はひとりではなかった。学生服を着て腰に手拭いをぶらさげた、どこか精悍な感じのする風変わりな男と話しながら階段を下りてきたのだった。
 たったいま、知りあったばかりの友達だった。たまたま二人とも洋書の注文カウンターで発注用紙に書きこんでいて、ふと目をやると隣もおなじ本を注文しているのに気がついたという。
 内田路子はそのまま立去り、のこる三人は、それではいっしょに風月堂にでも行こうかということになった。
 「彼女もこの春から本郷だそうですよ」
 梵文の学生で東大空手部だという松山氏に、澁澤はそういって紹介してくれた。じつはこちらは三月に学習院の独文を終えたあと、都立大の修士課程と東大美学の学士入学と、どちらも行けることになって、結局美学にしたことを、新宿への道すがら打明けたばかりだったのだ。
 たまさかのデートに第三者がくっついてきてしまったなんて、わたしとしては少々残念でなかったとはいいきれない。ただし風月堂でのサドにはじまる二人のおしゃべりは、きいているだけでもじつにおもしろく、かつ刺戟的であった。たがいに自ら恃むところのある男どうし、こんなふうにして胸襟をひらきあうものなのか。
 そのとき松山俊太郎の口走った自作の詩の一行を、わたしはいまでも覚えている。
 
  羽蟻めく神の屍は渚に高し

 いつのまにか夕暮れだった。松山氏はどこかへ飲みに行きませんかと澁澤を誘っている。わたしは帰らなくてはならなかった。澁澤はかなり心のこりな顔で眼をぱしぱしさせながら、じゃあといい、松山氏のあとについて新宿の雑踏に消えていった。いっしょに酒の席に誘ってもらうには、まだまだたがいに遠慮があった。そんな時分だった」(矢川澄子「W・ベンヤミンに倣って」、「おにいちゃんーー回想の澁澤龍彦」所収、筑摩書房、1995年)

 引用した文章を少し補足しておこう。矢川氏と澁澤龍彦氏が後にした「校正室」とは、ふたりがアルバイトをしていた岩波書店の校正室。内田路子氏は後の堀内路子氏(堀内誠一夫人)。澁澤氏と松山俊太郎氏が同時に注文したのはフランスのポーヴェールから出版されたサドの著作である。
 ちなみにこの1955年は、6月=最初のサドの翻訳「恋の駈引」刊行、7月=同人誌「ジャンル」を創刊し「撲滅の賦」を発表、8月=肺結核再発、9月=父・武急逝という、澁澤龍彦にとって波乱の年であった。



【松山俊太郎氏プロフィール】
1930年東京生まれ。東京大学印度哲学梵文学科卒業。インド学研究者。著書に「インドを語る」(白順社)、「球体感覚御開帳」(冥草舎)、「蓮と法華経ーーその精神と形成史を語る」(第三文明社)、訳書に「タントラ」(平凡社)、編著に「小栗虫太郎傑作選」(社会思想社)、「谷崎潤一郎(日本幻想文学集成第5巻)」(国書刊行会)、「澁澤龍彦全集」(河出書房新社)などがある。

【矢川澄子氏プロフィール
1930年−2002年。東京生まれ。作家、詩人、翻訳者。1959年に澁澤龍彦と結婚。68年に離婚。主な著書に、小説「兎とよばれた女」(筑摩書房)、「失われた庭」(青土社)、詩集「アリス閑吟抄」(現代思潮社)、評伝・エッセー「野溝七生子というひとーー散けし団欒」(晶文社)、「おにいちゃんーー回想の澁澤龍彦」(筑摩書房)、「「父の娘」たちーー森茉莉とアナイス・ニン」(新潮社)、「アナイス・ニンの少女時代」(河出書房新社)など。翻訳に、ギャリコ、エンデなどがある。創作作品の多くは、「矢川澄子作品集成」(書肆山田)にまとめられている。また「ユリイカ/総特集・矢川澄子ーー不滅の少女」(青土社)が、さまざまな角度から矢川澄子を取り上げている。

 

澁澤龍彦が見た18世紀思想界 Pensees de 18e siecle vue par Tatsuhiko Shibusawa