市民の権利・義務について (ガブリエル・ボノ・ド・マブリ)
Des Droits et des Devoirs du citoyen (Gabriel Bonnot de Mably)


如月 訳

第二の手紙 その1

 昨日の手紙へのお返事を待つことなく、急いで第二便をしたためます。なぜなら、私がその会話から学ぶことを喜びにしている英国のソクラテスの政治哲学を知りたくて、あなたは少しの忍耐もできないだろうと拝察するからです。私たちは、今朝、上方の庭園を散歩しました。(国王の庭師)シャルパンティエはこの庭園を無視し続けておりますが、奢侈は私たちの対談にまたも題材を提供してくれました。この奢侈が、すべてを欠いた貧者にとり卑しいものでありますように。いかなる精神の病によって、奢侈が反撥させるべき人間は、ほとんどつねにそれに幻惑されるのでしょうか。富者にとりそれが骨を折って得られるものでありますように。富者はその労苦で支払うことがけしてありません。なぜなら、自然は真の喜びと私たちがなす人工的な必要をすこしも結びつけなかったからです。真の偉大さを称讃することを知る人にとり、奢侈は平板で不正にみえますように。しかし不幸なことに、そしてこれは卿を怒らせる点でもありますが、奢侈は他のなににもまして、精神に誤った観念を広げるのに貢献します。それはすべての悪徳にむかって心を解放し、悪徳を愛させ、自然の法に親近するために努力を傾けることを人民に禁じるのです。
 私たちが昨日行った対談の再考の後で、卿はようやく次のように語りだしました。「自然が私たちに授けた理性、自然がそのなかで私たちを創造した自由、そして自然が私たちの魂のなかに置いた幸福への打ち勝ちがたい欲求は、その下で生きている不正な政府に対してすべての人間が価値あらしめることのできる三つの題目です。それゆえ私は結論するのです。同胞が自由に採用した政治形態、もしくは、情念や情況が無感覚のうちに確立したできごとよりも賢明な形態を提案する限り、市民は公共の安らぎへの謀叛者でも騒乱者でもありません。」「私にそれを提案されるのですか。どうぞ提案なさってください、卿よ、さもなければ不条理です。」「それでは、」彼はこたえました。「反論できない結論を引きだしてお目にかけましょう。もし良い政府は一つしかないことを証明することが可能だったならば、個々の市民はそれを打ち立てるためにすべての努力を行う権利があったのです。」
 「私もまた、その帰結を申し上げましょう。」私は卿に言いました。「あなたの市民にとって、自分がけして享受できない権利に異議を申し立てるのは困難ではありません。」「どのように理解しておられるのでしょう。」私をさえぎって、彼はこたえました。「なにゆえ、けしてとおっしゃるのですか。」私はこたえました。「政治家がこの話題について一致しようとしていないのは、市民となのです。」「政治家にはさかさまの議論、悪しき信条についての議論をさせておきましょう。」卿はこたえました。「専制者や野心をもった為政者につかわれながら彼らの論理を詳細に考えたり試したりしてもむだでしょう。情念からそれがもつ危険な毒を取り除き、法の帝国を堅固にしながら理性に信用を与え、こうした手段によって暴政と無政府状態を同時に予見して、個々の市民や為政者がそこから自分の幸福を引き出す公共の幸福という宝を築くために社会が形成されたのは、きわめて明白です。
 もしも、情念が市民の一部においてしか抑制されない方法で政府を配したならば、この政府(police)は忌まわしいものとして目に飛びこまないでしょうか。そこからどんな結果が生じるでしょう。さまざまな帰結がありますが、以下がその最後のものです。」
卿は続けました。「執政が世襲であるかあるいはすくなくとも終身であるすべての政府は、社会が提起しなくてはならない目的に完全に反しています。そうした政府は、それ自身としてはいくらかよいものでありうるすべての個別制度を損ない、悪臭を出させ、腐敗させる根源的な悪徳を必然的に含んでいます。人類の狂気と悲惨の一覧表をつくってみてください。情念の歩みを試験してください。歴史に諮り、そして結論してください。執政もしくは執行権力の運用は限られた期間しか授けられることができないということが、すべての時代、すべての国において確かな真実であるとみなすことにあなたは躊躇されないであろうと、私は確信しています。それを確立することは、それゆえ、すべての良き市民が提案すべき対象でなくてはなりません。」
 私は茫然自失してしまいました。ほとんど知られていない一連の提案が私に引き起こした驚愕に気づき、卿は、私の手をとりながら次のように語りました。「最後まで聞いてください。私に非があるならば、なんなく撤回することをお約束します。次のことは真実ではないでしょうか。」彼は続けました。「もし法が、市民が抵抗しうるだけの力と権力を為政者に委ねるのでないならば、情念、この公共秩序の永遠の敵、なぜならそれはつねに各人を個別の利益しか見ないし感じないようにさせるからですが、これが社会において叡智をもって抑制されたり導かれたりしないということは。この点を注意深く熟考してみてください。そうすれば、この失敗から、法や為政者の重みを充分感じない市民が、心配したり、御しがたさから習俗の気紛れやすべてをなす放縦さと自由を混同して、国家の瓦解に性急な、古代および現代の共和国の無政府的なすべての混乱が生じることがわかるでしょう。
 しかし、もしあなたの為政者が私が話しているこうした広がると同時に抑制された権力をもつならば、おっしゃってください、彼らの執政が終身であるかもしくは一族の世襲財産になるとき、彼らの情念を抑制し統制するためにあなたの側では彼らをどのように非難するのですか。いたるところ、すべての時代に、最初はもっとも狭く限定されていた権力を専制や暴政に変えたのは、世襲的もしくは単に終身の執政です。人は人間の心を知ること、そして一瞬でもそれを疑うことができるでしょうか。あなたの永遠の為政者に権力の濫用を禁じるため用心に用心を重ねたとしても、すぐおわかりになるでしょう。もし市民が彼に不服従であることが不可能ならば、やがて為政者みずからが法を蹂躙するであろうということが。法は為政者の貪欲さ、野心、報復の執行人や道具となるでしょう。あなたが彼に同意した権利は、野心の対象の権利侵害に使われるでしょう。謙譲、中庸を欠くように強制するでしょう。自己の尊厳を忘れるほど怯懦で、彼らの階層に戻ることができない人間に対し実際に劣等感を抱く市民は、やがて、下劣さ、うぬぼれ、追従によって情念を暖めるでしょう。
 なにか反論がおありですか。」
「卿よ、国家は、」私はこたえました。「執政の限定された期間を固定せずとも、社会の目的に達する、すなわち市民の情念と為政者の情念に対して安全を見出すことができます。対立し、相互にバランスをとる異なった部分に権威を分かつだけです。そうすれば、市民に対して全権をもつ為政者は、みずから法に従うよう強制されるでしょう。以上が、たとえば貴国・英国です。」
 「それは誤りです。お許しください。」卿はこたえました。「もし公的権力が互いに対立する為政者に分割されていても、その動きは、異なった多数の障害によって必然的にゆるめられ、公共財産がそれから害を被ることがおわかりではないですか。それに、私たちの国民にとり王と均衡をとることは、あなたがお考えになっているように容易でしょうか。バランスは恒常的に君主の側に傾いてはいないでしょうか。彼からそれを引き離すことが私たちにとって重要な特権を自分の手に取り戻すのに充分な力を、彼はつねにもっているのではないでしょうか。彼は、あまりにもしばしば議会に君臨してはいないでしょうか。その本源的な原因はなんでしょう。世襲制です。英国人は、私が話したことを疑うことができないのです。しかし、理性的に考える二人の人間のあいだでは、均衡という言葉を発し、それが完全に確立されるのを想像するだけで充分ではありません。ものごとを細かく見てみましょう。」卿は続けました。「権威を異なった部分に分割することはやさしいと私は確信しています。その結果、そこから真の均衡、暫定的な為政者間の真のバランスが生じるでしょう。しかし人間精神のすべての努力によっても、長期の執政が長い間、無感覚のうちに優勢な重しを獲得することを禁じるのは不可能です。私は思い出します。昨日、あなたは自由の破壊ということで私を恐れさせました。あなたが判断されたように、終身の為政者とりわけ世襲の為政者は、暫定的な同僚に対してあまりにも利点をもつからです。機転が利かず、才能がなくても、彼は同僚を圧倒するでしょう。しかし、終身の執政が来たるべき隷属で共和国を威嚇しないと同意するとしても、あなたは、すくなくとも、それが為政者の老いや耄碌をさらすことを承認するでしょう。どれだけの濫用や愚行が生じることか。一生やり続けなくてはならないことに対して、人は、やりたいようにやるという以上のことを求めないし、学びません。魂は退屈し、競争心はゆるみます。その執政を顕揚するのに一年間しかなく、したがって儀鉞(訳註:楡、あるいは白樺の棒を束ねて、その中から鉞を突出させたもの。王、のちには上級政務官の権威を象徴した。ぎえつ。fasces。<この訳註は、キケロ「国家について」[岩波書店「キケロー選集第8巻」所収]に付された岡道男氏の註記による。>)を二度獲得することを名誉と鼓吹されたローマのコンスルが、(現代の)最良の市民であるスウェーデンの上院議員以上に専心的で行動的な為政者ではなかったとお考えですか。スウェーデンの上院議員は、その要職を与えられると、なんらかの重大な過失を行わないかぎり、それを失うことがないのですが(訳註:マブリはスウェーデンの政体を18世紀ヨーロッパのなかでは最良のものと考えていた。「市民の権利・義務について」の別の個所でも、スウェーデンの国政はしばしば称讃されている。ちなみに後に彼が執筆する「立法論」の主役となり、立法原則を提示するのはスウェーデン人の哲学者である)。
 世襲的な執政にはさらに悪い点があります。大人(たいじん)に生まれること、それは一生小人(しょうじん)であることの理由です。幼年期に追従と嘘によって堕落し、青年期には快楽と情念に酔いしれ、人は考えることを学ぶ前に成人します。そして老年期には、傲慢と先入見と廷臣のただなかで黙々と暮らすのです。何人かの君主は才能をもつかもしれません。しかし、自己の義務を知る者、自己の幸運に見合う者は一人もいませんでした。社会の一般的幸福の体系を築き上げることをあなたが望む例外を私に引くことができるとしても、それは三ないしは四人の例外の上にでしかないでしょう。
 しかし、これ以上推論するのはやめましょう。」
卿は続けました。「公共の安全についてのあなたの原理あるいは私の原理に与えるられるであろう選択についてはまた別に語りましょう。先に進みましょう。私たち二人は、市民に対する為政者、為政者に対する法の絶対の帝国は、社会の目的である幸福に至るために不可欠であると同意しています。すべての古人はそう考えました。そして良識は全世界に向けてそれを叫んでいます。どのような議論によって、あなたは、同胞を私たちが望むこの行政へと導きそこに至らしめるために従属するすべてをなす権利を、法が浮遊し為政者の権威が圧倒的であるか不確かな悪しく統治された国家の市民と争ったのでしょうか。私たちが昨日確立した諸原理を思い起こしてください。あなたは困惑しておられるようにみえます。この権利に率直に同意してください。あるいは敢えておっしゃって下さい。社会にもっとも本質的な利益を裏切るのは、祖国を愛する市民の義務からなのだと。」
 「もっともです、卿よ。」私は言いました、私は非常に憂うべき隘路にいたのです。「あなたは正当に推論しておられるように思われます、私にこの哲学的自由をお許しください、しかしながらあなたは誤っておられたように思われるのです。私が疑っている失敗をあなたの推論のなかから看破することはできません。それは私の側の無知もしくは手段不足にすぎないでしょう。要するに、」私はつけたしました。「哲学の原理によってではなく、ある種の熱気や恨みとともにむしろ慣れや習慣によってみずからを統治しないには、世界はあまりにも愚かです。」「そのとおりです。」卿は笑いながらつけたしました。「すべてがかくもうまく運ぶのは。」「おそらく」私はこたえました。「この平凡さは人類の必然的属性です。おそらく、私たちはそれを撤回できないように宣告されているのです。長いこと次のように言われてきました。<より良いものは良いものの敵>と。すべてがなんとかいっているときには、それで自制しましょう。各市民に改革者の役割を演じる権利を認めることは、法や為政者の権威を堅固にするどころか、権威の基盤を破壊します、すくなくとも社会を危険な激動にさらします。この理論はあなたにとある善を約束しますが、実行は悪を生み出します。法や為政者が鼓吹しなくてはならない信頼がゆらぐでしょう。私たちは混沌に帰するでしょう。私は同意できません…。」
 「お気に障りましたか。それでは、」卿はこたえました。「あなたをなだめるため、簡単につけたしましょう。この権利を行使するのは、市民の義務からなのです。裏切ることなしにそれから逃れることはできないと、私の名誉にかけて信じています。そしてさらに悪いことには、<より良いものは良いものの敵>という偉大な公理にもかかわらず、あなたは私に同意されるでしょう。」「勇気を出しましょう。」私の番になってこたえました。「卿よ、あなたは多くの国を見せてくださるでしょう。ともかく参りましょう。どんなところでもあなたに従う準備ができています。」
(その2に続く/2003・7・25)



「市民の権利・義務について」目次

第二の手紙/その2

第二の手紙/その3